フラットランドの物語です。
第1部 この世界
「忍耐強くあれ、世界は広大なのだから」
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』第3幕からの引用)
第1章 フラットランドはどんな世界なのか
第2章 フラットランドの風土と住居
第3章 フラットランドの住人
第4章 フラットランドのご婦人
第5章 フラットランドでお互いを認識する方法
第6章 フラットランドの視覚による認識
第7章 フラットランドの不正規図形
第8章 古代フラットランドの色彩技術
第9章 フラットランド色彩法案とは
第10章 フラットランド色彩暴動の鎮圧
第11章 フラットランドの聖職者
第12章 フラットランドの聖職者による教え
フラットランドは2次元の世界だ。
私たちはこの世界を「フラットランド」とは呼んではいない。
しかし、その方がこの本を読んでいる読者、つまり、あなたにこの世界の特質をわかりやすくお伝えできると思う。
そう、この物語はスペースランド(3次元世界)に暮らすという、素晴らしい幸運に恵まれたあなたのために書かれている。
まずは、とても大きな1枚の紙をイメージしてほしい。
その紙の上に、直線、三角形、四角形、五角形、六角形といった図形があって、紙の表面を自由に動きまわっている。しかし、その紙の上へ立ち上がったり、紙の下へ潜ったりする力はない。これらの図形はまるで影のような存在で、固くてそのまわりの縁は光っている。
これでかなり正確にイメージできたはずさ。
(↑アーティストの文月さんからイラストをいただきました。ありがとうございます)
これこそが私の国と住人たちの姿だ。これが少し前だったら、これを私は「国」とは呼ばずに「宇宙」と呼んだのだろうけどね。今や、私の心はもっと上の次元に開かれてしまったのだ。
すぐにあなたも氣づいたかもしれないが、このような国ではいわゆる「立体」は存在しない。といっても、さっき話した動く三角形や四角形やその他の図形を見ることくらいはできるはず、そうあなたは考えるかもしれないね。けれど、私たちにはそんな図形は見えない。少なくとも、ある形を別の形と区別して認識することはできないのだ。
そこに見えるのはいつも直線だけ。
どうしてこんなことが起きるのか? これから少しずつ説明していこう。
あなたのいる3次元世界、スペースランドのテーブルに1枚のコインを置いてみよう。コインを上から見降ろすと、その形は円に見えるだろう。
しかし次に、視点をそのまま下げていってテーブルの端からコインを見てみる。これがまさにフラットランドの状態。丸い円だったコインがだんだんとつぶれていく姿があなたには見えるだろう。最後にコインは楕円形ですらない、まっすぐな線にしか見えなくなってしまう。
三角形や四角形、その他の形を紙から切り抜いて試してみても、まったく同じことが起きるのさ。テーブルの端、水平のところまで視点を下げてみて。すると、どんな形であってもその図形は消え、ただのまっすぐな線になる。
例えば、正三角形。正三角形は私たちの国では、高い地位の商人階級にあたる。
図の(1)はあなたが上から見た商人の姿だ。
図(2)と(3)は視点を平面に近づけたところから見た商人の姿。
こうやって視点をテーブル面と同じ高さにすると、これがフラットランドの視点だ。もうまっすぐな線にしか見えないだろう。
スペースランドで聞いた話では、海を渡る船乗りたちが遠くの水平線にある島を見つけたとき、これと似た経験をするそうだね。はるか遠くの陸地にも入り江や岬といった色々なでこぼこがあるだろう。しかし、遠くから詳しい形はわからず、海上に灰色の線として見えるだけ。
これこそ、フラットランドで三角形などの知人が近づいてきたときに私たちが目の当たりにする光景だ。この2次元の世界に太陽はないから、影ができたりもしない。目の前に友人が近づいてくると、その線は大きくなる。離れれば、その線は小さくなる。どのみち見えるのはまっすぐな線。三角形であろうと、四角形であろうと、五角形、六角形、円、すべてはまっすぐな線としてしか見えないのさ。
たぶん、あなたはこんな不便な状況でどうやって友人を見分けるんだろう? そんな疑問を持つだろう。でも、そのごく自然な疑問に答えるなら、フラットランドに住む人たちについてもっと詳しく話しておいたほうが良さそうだ。
そんなわけで今はその疑問を横に置いたままで、これから私たちの国の自然や住居に関する話をいくつかしていこう……。
『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)
つづく… 第2章 フラットランドの風土と住居
自分を変える旅から、自分に還る旅へ。