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第10章 フラットランド色彩暴動の鎮圧

第9章のつづき

世界色彩法案をめぐる騒乱は3年間も続いた。最後の最後まで、秩序のないやつらが勝利するかと思われていたようだ。

多角形たちは民間兵として戦ったものの、力では圧倒的に勝る二等辺三角形によって全滅してしまった。四角形や五角形は中立を保っていた。そして、もっとも有能な円の何人かは、残念なことに夫婦喧嘩の犠牲となってしまった。多くの貴族階級の妻たちは政治的な敵対心にかきたてられ、家の主人に世界色彩法案に反対しないでくれと、うんざりするほど求めた。その要求が無駄だとわかると、妻たちは罪のない夫や子に倒れこんで破壊した。こうして23以上の円が家庭内の争いで命を落としたという記録もある。

これは大変な危機だったろう。

聖職者たちは法案に従うか、それとも絶滅するか、ふたつにひとつしかないような状況だった。しかしこのとき、劇的な出来事によって突然、流れが完全に変わった。これは政治家たちにとっては見過ごせない、願ってもないことで、民衆の共感に訴えるためにも起こすべき事件だった。

二等辺三角形でも底辺の、まあ4度くらいはあるが小さな頭脳を持った者が、ある商人の家に泥棒しに入った。そして略奪しているうちに、何かのきっかけによって、偶然に十二角形のような12色になった。それから、その泥棒は市場へと向かい、高貴な娘に近寄り声色を変えて話しかけたのだ。その二等辺三角形は、日頃からその娘にちょっかいを出してはふられていた。話が長くなるから省くけれども、いくつか偶然や不注意も重なって、その二等辺三角形はまんまとその娘と結婚することに成功してしまった。その後、この不幸な娘は自分がだまされていたことがわかって自殺した。

このひどいニュースが多くの国に伝わると、ご婦人たちの心を激しく揺さぶった。かわいそうな犠牲者への同情、そして自分の姉妹にもそのようにだまされてしまうかもしれない。そんな共感から、あらためて世界色彩法案を別の視点から見るようになったのだ。そして、一部のご婦人たちは世界色彩法案に反対しはじめていた。他のご婦人たちが反対側にまわるには、ほんの少しの刺激があればいい。円はこのチャンスを逃さずに、臨時議会を開いた。そして、受刑者たちの警備に加えて、多くの反対派のご婦人が出席できるようにした。

かつてない規模の群衆を前に、パントサイクル(全円という意味がある)という名前の円階級の長が立ち上がると、2万もの二等辺三角形たちは一斉に野次を飛ばしはじめた。

しかし、彼がこれから多数派の希望を受け入れて世界色彩法案を受諾する。そんな宣言をすると、会場はシーンと静かになった。それから、ざわめきは拍手となって、反乱のリーダーである色彩学者をホール中央に招いた。その後、1日かけて本当に素晴らしい演説を行った。

円の長は厳正なふるまいで、これから改革を成し遂げると宣言した。そこでこれから最後にもう一度この議題について、長所と短所を含めて、全体的な視点で見ていく必要があるとした。彼はそれからゆっくりと商人階級や専門職階級への危険性について話しはじめた。これについて二等辺三角形たちは文句を言ったが、この法案に賛成する人が多数ならば喜んで受けいれるつもりだ、と言って不満を鎮めた。ところがこの演説を聴いたすべての人が、すべてといっても二等辺三角形だけは別だけど、心を動かされて法案には反対または中立の立場を取るようになっていった。

それから円の長は労働者階級に向かって、あなた方の利益も無視されるべきではないだろう、と語りかけた。もし色彩法案を採用するのなら、それによって何が起きるかすべて理解した上でそうするべきだ。あなた方の多くはもうすぐ正三角形階級として認められようとしている。たとえ自分たちに手が届かなかった階級でも、子どもたちは手にするようになっているだろう。ところが、そのような希望はもう捨てるべき状況にある。

なぜなら、この法案によってすべての階級区別は消えることになるからだ。正多角形と不正規な多角形の区別もなく、同じように混同されることになる。もしそうなったら、ここに進歩はなく後退がはじまる。労働者階級は数世代のうちに兵士あるいは囚人の階級まで落ちていくだろう。そして政治権力は最多数をしめる階級、つまり犯罪者たちの手にわたる。彼らはすでに労働者よりも多いし、従来あった調整のための決まりも破られるのだから、すぐに他階級のすべてより多くなっていくだろう。

これに同意するつぶやきが職人階級に広がっていた。はっとした色彩学者は前に出てこれに反論しようとした。しかし、すぐに警備員によって取り囲まれ黙るしかなかった。一方で、円の長は感動的な言葉を使いながらご婦人たちへ最後のアピールを行っていた。この色彩法案が可決されたとしたら、もはや安全な結婚などない。ご婦人たちの名誉は危険にさらされ、すべての家庭に虛偽や詐欺が横行する。これまでの幸せは国の政治体制と一緒に、急速に破滅へと向かっていくだろう。

さらに、「その破滅よりも先に、死がやってくるだろう!」彼は叫んだ。

この言葉を合図として、すぐさま二等辺三角形の囚人たちが色彩学者に襲いかかった。一方で円階級の指示どおりに、正多角形階級はすばやく動いてご婦人たちに道をあけ、彼女たちは目立たないように兵士たちへ近づいた。その間にも囚人たちはすべての出入口をふさいでしまった。

この戦い、というか、虐殺はすぐに終わった。

円の長の巧みな統率のもと、ご婦人たちは二等辺三角形に致命傷を与えた。彼女たちの多くは傷ひとつ追うこともなくさらなる追撃に備えたが、攻撃はたった一度で十分だった。すぐに二等辺三角形は烏合の衆となり、自滅した。リーダーを失い、突然、正面から見えない攻撃を受け、さらに退路は囚人たちにふさがれている。二等辺三角形らしくも慌てふためく彼らは「裏切り者!」と叫び声をあげ、お互いを殺し合った。30分から1時間ほどの間に、あれほど大勢いた二等辺三角形はその全員が死んだ。あたりには7千もの罪人たちのかけらがちらばり、政府側の勝利を明らかにしていた。

円階級は勝利を確実なものにするためにすぐ動いた。労働者階級については10人に1人を選んで処刑した。正三角形の民兵は正確な計測をしないまま、軍法会議により処刑。兵士や職人階級の家庭は1年以上にわたって巡回検査が行われた。その一方で、すべての町や村において、囚人を標本として学校教育に貢献させることを怠ったり、フラットランドの制度に背いた低位階級たちは抹殺された。こうして、ふたたび階級のバランスは回復していった。

いうまでもなく、以降は色の使用は禁止された。色を所有さえも禁じられた。資格を持つ科学者や円を除いては、色に関する言葉を発しただけでも重罪とされた。とても高貴で最高階級の大学においてのみ、難解な数学の問題を解説する際にこっそりと色を使用することが認められている。これはあくまでウワサで聞いたことだけれどね。

ごく一部の場所をのぞいて、フラットランドに色はどこにも存在しない。

色を創る技術を知ることができるのは円の長だけに限られ、代々、その秘密は後継者に語り継がれてきた。色を創る工場はひとつしかなく、秘密が漏れないように労働者は1年ごとに抹殺される。貴族たちは遠いはるか昔の世界色彩法案の動乱を思い返しながら、これほど大きな恐れを色に持っているのさ。

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『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく… 第11章 フラットランドの聖職者

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

ABOUT ME
マッキー
牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。