自由自在堂のビデオ

自由自在堂とは?

自由自在堂とは毎回、カタリストが集い、カタリストが語り合う、という企画です。

これまでものを書いたり、伝えるような仕事をしてきて、ずっと僕の中で感じてきたことがあります。それは、結果だけを見て、経験がうわすべりしてしまうこと。人はノウハウやテクニックが大好きなので、つい見過ごされてしまう結果の前の意識そのもの。現象化される前の、潜象そのものについて、つい見過ごしてしまいます。

思い込みから見ていると、そこに価値を見出すのは困難です。

ここでは、意識の転換点にどのような経験があったのか、カタリストたちと語っていきます。

カタリストとは?

カタリストとは「化学変化を促す触媒」という意味があります。

自由自在堂では、毎回カタリスト(化学変化の触媒)が集って制限から自由へ次元上昇した意識の転換点。そこで「いったい何が起きたのか?」その再起動の瞬間に迫ってみよう、そんな意図で開催していきます。

経験するのは、出会いの化学反応。

人と人との出会いは、化学変化、そのものですよね。出会いによって、人間はそれまでとはまったくちがった存在にトランスミューテーションします。

この場に集う人、ゲストだけでなく、場を共有するすべての人たちがカタリストです。

僕は人生において本当に役立つ話って、特別な成功体験でもなければ、お手軽なノウハウでもないんじゃないかなって、思うことがあります。

多くの人は表面的な情報に惑わされてしまいますが、本当に大切なのは、その先にあるもの。

純粋な意識のシフトです。

カタリストを触媒として、場を共有し、シフトを体感していただきます。このページではその様子のごく一部を、ビデオでシェアしていきます。

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最新の自由自在堂

自由自在堂:カタリスト 山川紘矢さん 山川亜希子さん

引き寄せの法則の本質とは?

『なんだ!こんなふうに生きればよかったのか』でご一緒した山川紘矢さん 亜希子さんたちと語ってきました。人生にふってくる奇跡のギフトを受け取る生き方、そして氣づきの……

自由自在堂:非二元を語る

「自分」は存在しない。

だとしたら、「自分の魂」とはいったい何なの?

ここには矛盾が存在するのか、それとも、統合できるのか。ノンデュアリティというデュアリティ。その先にある、心が軽やかになる非二元の真実についてのお話。

自由自在堂:お金の制限を外すのはカンタン!

悟りを開かなくても

引き寄せに頼らなくても

実はお金の制限を外すのは、とってもカンタン!

いまここ、プレゼンスとエゴの関係、レナード・ジェイコブソンさんがセミナーやリトリートで体験したことなど、今回も幅広い内容をぎゅっと凝縮してシェアします。最後には、アワの歌(ホツマツタエ)も詩っていただきました。

カタリストとは「化学変化を促進する触媒」のこと。

この自由自在堂はカタリストたちが集って語り合う場です。

今回は精神世界、スピリチュアルな本を日本に多く紹介してきた翻訳家の 山川紘矢さん 亜希子さんのご自宅におじゃまさせていただきました。僕(牧野内)は、共著で出版された『なんだ!こんなふうに生きればよかったのか』(ヒカルランドより)で一緒させていただいています。

カタリスト 富井清文さん

自由自在堂:レイエッセンスと人生のシフト

富井さんはいいます。

「あがいて、あがいて、それから、大笑い」

その産物こそが、レイエッセンスだと。

僕も少しエピソードとして話していますが、他の人からしたら、「え、なんで言えないの?」というような言葉があります。富井さんに6ヶ月くらい言おう、言おう、思っていても、言えなかったこと。それをビデオの中で話しています。

ある瞬間にふっと「言える自分」になっていて。その内容を富井さんにラインで伝えた瞬間に……驚くような偶然! が起きていて、大笑いという……そんな実体験のお話。

10分ほどのビデオです。

自由自在堂:わたしがわたしを見てくれている

「わたしがわたしを迎えに来た」という経験とは?

ふっと、静かに自分をセンタリングしてくれる存在がやってくる瞬間があります。それは氣づきもしない、意識しないほどの、ささやかな感覚かもしれません。

「自分がいったい誰なのか?」

氣づいたとき、制限から自由へのシフトが起動します。

「わたしがわたしを迎えに来た」という感覚。その迎えが来るまで、誰もが戦っています。その戦いの相手は、他でもない、もう一人の自分です。

もっと、がんばらなくちゃいけない。もっと、努力して結果を出さなくちゃいけない。もっと、早く、多く、さらに高く……もっと。もっと。際限なき 思考の連鎖 がここにあります。

もちろん、前向きにがんばることは、けして悪いことではありません。

けれども、それが、欠乏感や怖れに根付いていたとしたら、世界にたった一人の自分を、何かの目的のための手段、期待通りにするための道具のように扱ってしまいます。コインを入れたらジュースが出てくるのが当たり前の、自動販売機のように、自分を扱ってしまったりします。期待通りの自分は良い、期待ハズレの自分はバッテン、そんな自分に平手打ちのようなことをしてしまいますよね。

そんなときに起きる「わたしがわたしを迎えに来た」という経験とは?

special thanks to 写真撮影: きもの写真家 岸千鶴さん 収録サポート:Yukkyさん

その他のトークビデオ

ベルリントーク:思考は現実化する

「思考は現実化する」って本当?

思ったことは思ったように実現する。

南の島にでかけるとき、あれこれ想像して、頭で考えたら、もう「南の島のビーチでのんびりしている僕」がいる。思考は思考として、実現している。

もし、それを現実にするなら?

現実の中で思考する必要があります。

じゃぁ、その思考ってなあに?

プラハトーク:自由意志について

自分が世界の中にいる。

物理的な脳だけで、すべてが説明できる。

もしも、そのように考えるなら自由意志は存在しません。

すべては物理的なピンボールがたまたま偶然にそうなっただけ。起きることはピンボールのように、こっちに跳ね返って、こちらに当たって、たまたま今ここに落ちる。それだけ。すべてが偶然。

ですが、このように考えることもできます。

イメージ:意識の実験

Be with (ビーウィズ)についての解説。

フラワーオブライフ:島の子たちと遊ぶビデオ

全体とすべて。

この宇宙にあるすべてのものが、トーラスという構造でできています。

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