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第11章 フラットランドの聖職者

第10章のつづき

これまでフラットランドについてとりとめもなく説明してきたが、もうそろそろ話の核心について、すなわち、私がスペースの神秘に触れたときのことを話していくことにしよう。これこそこの手記のテーマであり、これまでの話はすべて前置きにすぎないのだからね。

そんなわけで、あなたが興味を持つであろう話題についての解説は省くことにする。例えば、足を持たない私たちがどのように歩くのか。あるいは、どのように木や石やレンガを固定して建造物を作るのか。雨がどのように降るのか、そして丘や鉱山、樹木や野菜、季節や収穫について。直線だけでどのように文字を書くのか、などなど。こうしたフラットランドの物理的な仕組みについての100は超えるだろう解説は飛び越して話していきたい。別に私がこの話題を忘れたわけではなく、あなたの時間を尊重したと思ってほしい。

しかし本題に進む前に、この国の支配者、大黒柱たる存在。あらゆる崇拝を受け、運命を形作る存在について話しておかないといけない。それは聖職者である、円についての解説だ。

一言で「聖職者」といっても、この言葉はあなたの世界でのそれよりも、ずっと多くの意味を持っている。聖職者はすべてのビジネスや芸術、科学を管理する存在だ。商業や貿易、軍事戦略、建築、工学、教育、政治、立法、道徳、神学の指導者でもあるのだ。聖職者がけして何かをするわけではないが、彼らがいるからこそ、他の図形の行うすべてのことに価値が生まれるのさ。

誰もが円を「円」と呼んでいるものの、教養ある階級であれば、円とは本当の円ではないことを知っている。実はとても短い辺によってできる多角形なのだ。辺が増えれば多角形は円に近づき、例えば300から400くらいになってくるとその角を感じ取ることは難しくなってくる。そもそも、上位階級ではふれるなんていう認識方法は失礼で侮辱だと思われているくらいだからね。相手にふれることが慎まれているからこそ、円は神秘的なベールをまとい続けることができるのさ。

彼らは幼少から直径や円周についての正確な数値を隠している。仮に円の円周は平均90センチだとすると(直径の平均が30センチだとしたら、そんなとこだろう)300角形のひとつの辺は3ミリほど。それが600角形、700角形にもなったら、針より少し大きい程度になる。儀礼的には円の長は1万角形ということにされている。

円は低い位の多角形たちとはちがって1世代先の子孫が階層をひとつ上がるわけではない。もしそんな自然法則に従うとしたら、円の辺数は血統と計算次第になる。それなら正三角形は497代後に500角形になるわけだが、そうとは限らない。自然法則は、円の遺伝に相反する決まりを持っている。階層が高くなれば第一に進化は加速し、第二に繁殖力を落としていく。結果、400角形や500角形の家にはめったに息子がいない。一方で500角形の息子は550角形から600角形になったりする。

技術によってもこの高等な進化は助けられている。この世界の医師は、高位の幼い多角形のやわらかい辺を折り曲げ、正確に再構成できることを発見した。これによって深刻な危険はあるものの、200から300世代を飛び越し高位に進化することも可能だ。

たくさんの可能性ある子どもたちはこの方法の犠牲となっている。なんとか生き残るのは、だいたい10人に1人。それでも高位の多角形の親たちの多くは、それだけの地位がありながら野心にかられて、生後1ヶ月にも満たない子どもを円形治療施設に入れてしまう。

治療の成否は1年たってから出る。1年もするとだいたいの子どもたちは、円形治療施設内にある集合墓地の墓石となっている。しかしごくまれに、多角形から儀礼上は円となった幼児が歓喜する両親のもとに戻されることがある。そんな希望があることによって、たとえ子どもが犠牲になろうとも、このような親は後を絶たない。

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『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく… 第12章 フラットランドの聖職者による教え

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

ABOUT ME
マッキー
牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。