時間と易。

時間と易。

年末から年始へのシフトの瞬間が好きです。

誰もが、時間の流れとは、地続きでずっと続いているように思い込んでいます。時間は流れている、という思い込みの中にあります。その流れの継続がパチンと切り替わる、まるでパラパラ漫画のAからBへ切り替わるようにジャンプするのが新年です。

元旦独特の、凛とした空氣。1年のスタートには清々しい集合意識のフローがあります。それは地球をまるまる一周ぐるっとまわって、それぞれの時刻での、それぞれの時間のシフトを意識させます。

昨日と今日は、ノートの別ページ。

あたらしい意図を発動するためには、これ以上のタイミングはありません。

普段の生活で僕たちが意識する時間は、ちょうどニュートンが考えたような時間です。

時計

ニュートンは時間を一直線に飛ぶ矢だと考えました。まっすぐ飛んでいく、たったひとつの矢(時間)を、どこにいても誰もが共有しています。時間はどこでも同じスピードで一直線で流れていく、という見方です。

一方で、アインシュタインは時間を大河のように考えました。ここでは時間はどこでも同じようには流れません。大河は、基本的には一方向へと流れているものの、その速度は場所によってちがいます。それからゲーデルは、その大河のうねりの中にありえない回転・逆戻りを発見しました。

では、時間とはいったい何なのか?

それは

「時計の針がAにあるときボールがBにある」

AとB。2つの現象の「相関関係」です。

つまり時間とは見せかけであり、時間、それ自体は流れてはいません。その一方で、世界は流れていて変化していきます。流れているのは時間の方ではなく、世界の変化です。

この変化のことを漢字一文字で「易」といいます。

ここで、僕たちは不動の今現在にいるため、この変化(易)を観察することができます。世界は流れ、ずっと不動でいる「私」は「時間」を経験します。自分は動いていないからこそ、この動き(易)が見えるわけですね。
(三義でいえば「変易」と「不易」の関係です)

時間とはノートの隅に描かれたパラパラ漫画のようなものです。

時間が流れるのではなく、目に見えるノートが流れていきます。

1枚目と2枚目の絵につながりを生んでいるのは 世界=自分 の意識です。

そして、1枚前の絵ではAだったんだけど、1枚先ではまったく別のBに飛んじゃった。

この瞬間がシフト。

これは僕たちの日常にありふれて潜んではいるけれども、目には見えないし思い込みの外にあることです。生活の中で意識されることはまずありません。でもですね、このシフトを誰もが当然のごとく共有しながら意識する瞬間があるんです。

それが今日です。

2018年もよろしくお願いします。

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

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牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。