第15章 多次元の冒険 スペースランド(3次元)からの来訪者

第14章のつづき

私は夢から現実へと戻った。

それは私たちの世界の1999年、このミレニアム最期の日のことだった。雨音から、ずいぶんと前に夜になったことがわかる。私は妻と一緒に座りながら、やって来る新しい年、新しい千年紀、ミレニアムの展望について思いふけっていた。

ここで「座っている」といっても、スペースランドで意味するように姿勢が変化するということではないよ。私たちには足が無いため、あなたの言葉の感覚での「座る」や「立つ」ことはできないのだから。あなたの世界でいうところ、カレイやヒラメができないのと同じだ。それにもかかわらず、私たちは「横になる」「座っている」「立っている」ときの意志の状態が異なることを認識している。意志の増加によって光が強くなるため、見ている相手にもそれがわかる。とはいえ、他の多数の事象と同じく時間がないから、これくらいにしておこうか。

4人の息子と、親を亡くした2人の孫は、すでにそれぞれの部屋で休んでいた。古い千年が終わって、新しい千年のはじまりを見届けようと残っていたのは、私と妻だけだった。

私はもの思いにふけりながら、一番小さな孫がふと口にした言葉について考えていた。このめずらしく輝かしい完璧な角を持つ孫は、もっとも未来を期待される若き六角形だ。彼の叔父と私とで、いつものように孫に視覚認識のレッスンをしていたときのこと。私たちは自分の中心軸で速度を変えつつ回転し、どこに私たちがいるのかを質問していた。孫の答えはとても素晴らしいものだったので、幾何学を応用した数学についても教えてあげようと思った。

それから1センチの正方形を9つ持ってきた。これらをひとつの大きな正方形のように並べると、1辺の長さは1+1+1=3センチとなる。そこで私は小さな孫に向かって、この大きな正方形の中を直接見ることはできないけれど、辺の長さを掛け合わせることで図形の面積がわかると説明した。

「だからね、一辺が3センチの正方形の面積は3の2乗。つまり9になるね」

すると、小さな六角形は少し考えて、このような疑問を持った。

「でもね、おじいちゃんは数を3乗する方法も教えてくれたよね。だとしたら、3の3乗には幾何学的な意味があるはずだと思うんだけど。それは何を意味しているの?」

私はあわてて「意味などないよ、少なくとも幾何学的な意味はな。なぜなら、幾何学とは2次元しかないからね」と答えながら、点を3センチ動かせば、3センチの長さの線になること。そこでできた3センチの線をそのまま平行に3センチ動かせば、一辺が3センチの正方形となり、これは3の2乗であらわすことができることを説明していった。

すると突然、孫は私の言葉をさえぎりながらまた話しはじめた。

「それならさ、点が3センチ動くと、3センチの線になって、3とあらわせるんだよね。

3センチの線を平行に動かしたら、一辺が3センチの正方形になって、これは3の2乗であらわす。

同じように、一辺3センチの正方形をそこからさらに平行に動かせば一辺が3センチの何かになって、

それは3の3乗、つまり3×3×3であらわせるんじゃないのかなあ?」

私はついかっとなって、もう寝なさい、と命じた。そして、そういう無意味なことを考えていない方が常識が身につくだろう、と付け加えた。すると、孫はがっかりして部屋へ戻っていった。

それから私は妻の横に座って1999年を振り返りながら新しいミレニアム、新しい2000年に何が起きるかを考えようとした。しかし、小さな賢い六角形の無駄話を、なかなか頭から追い払うことができないでいた。30分間の砂時計はあと数粒の砂を残すのみ。古き千年をしめくくろうと砂時計を北に向けつつ声に出した。

「あの子は愚かだ」

その直後、なぜか私は部屋に何者かが存在していることがわかった。そして冷たいものが私を通りに抜けていった。私の妻は大声で、あの子は愚かではありませんわ、と否定し「それに孫への無礼は規律に反することよ」と、私をいさめた。

しかし、妻には目もくれず、まわりをぐるりと確認したのだが何もそこには無い。確かに何者かがいるのを、はっきりと感じている。またしても冷たいものが通り抜け、私は身震いして立ち上がった。

「どうかなさったの?すきま風など吹いておりませんわ。何をお探しなの?何もありませんのに」

妻は言った。確かに何も無い。私は座り直して、それから再び叫んだ。

「あの子はなんという愚か者だ!3の3乗に幾何学的な意味なんて無いというのに」

するとはっきり聞こえる声が返ってきた。

「あの少年は愚かではない。3の3乗には明確な幾何学的意味がある」

妻にもその声が聞こえたようだ。しかし、その意味は理解できなかった。私たちはその音がした方をさっと振り返ると、恐ろしいことに図形があった。それは横から見たご婦人のようにも見えたが、少し観察すると端が暗くなっててそうではないことがわかった。もしかすると円かもしれないと思った。それにしても、その図形の大きさは変わっていく。そういった体の大きさの変化は、たとえ円であってもどのような図形にだって不可能なことだ。

しかし、妻は私ほどの経験はないし、こうした特徴に注意できるほど冷静でもなかった。いつも通りあわて、また同性への嫉妬心もあってか、彼女はどこかのご婦人が小さなすき間からこの家に入り込んだにちがいないと思い込んだ。そして叫んだ。

「なぜこの人がここにいるの?約束なさいましたよね、新しい家に通風口は作らないって!」

「通風口など無い。しかし、なぜこの来訪者がご婦人だと思ったのだ?私の視力の認識では点……」

「もう、認識力の話などもうたくさんです!ふれることほど確かなことはない、そして、ふれる線は見える円の価値、と申します!」

妻の言葉はどちらもフラットランドでは知られたことわざだった。私は彼女を苛立たせてはまずいと思い、それなら自己紹介を願うべきだろう、と提案した。すると、妻はその訪問者に近づいていった。

「奥様、お許しください。互いにふれて……」そう言いかけて、妻は突然あとずさった。「あら、ご婦人ではないのですか。それに、角はひとつも見当たらない。もしかすると全き円様に無作法なことをしてしまったのでしょうか?」すると、その図形の声が返ってきた。

「いかにも、私は確かに、円だと感じられたことだろう。そしてフラットランドのどの円よりも完全なる円。正確にいうならば、たくさんの円がひとつの円になった存在」それはさらにやわらかく言葉を付け加えた。「奥様、私はあなたのご主人にメッセージがあるのだが、あなたの前ではお伝えすることはできないのです。よろしければ数分の間……」

妻は堂々とした来訪者の言葉を聞くまでもなく、もう自分は休む時間をすっかり過ぎているから、と無礼を何度も何度も謝罪しながら自分の部屋へと消え去った。

私が30分間の砂時計に目をやると、ちょうど最後の砂粒が落ちたところだ。それは、まさに新しいミレニアムの幕開けだった。

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『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく…… 第16章 多次元の冒険 3次元の説明

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

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