スピリチュアルな人生ゲーム。

スピリチュアル的な教えの難点は、

この自分が幻想だとか、この世界は空だとか、

あれこれ解釈したって結局、

それを学んだ者は「それを使って、いかに人生を上手にプレーするか?」に戻ってきてしまうことにあります。

それぐらい目の前の人生ゲームは「リアル」なんですね。

人はスーパーマリオ・ゲームで、自分がマリオではないことに氣づいたとしても、結局その氣づきをどのように効率的にゲームクリアに役立てるか? を延々と考え続けてしまうのです。それはつまり、ゲームの仕組みに氣づいても、その氣づいた意識それ自体は、テレビ画面の枠外には出ることができていない、という状況になります。

引き寄せの法則なんて、その最たるもので

仕組みについて理解したことを、

さらに、その仕組みの中で再利用しようとする。

カンタンにいうと、御利益に走ってしまうわけです。

そこまでは、まだまだ健全な楽しみ方で。さらに世界を複雑にするのは、御利益が死後の世界などに拡大されて、テレビ画面の中にいながらテレビ画面の外を妄想し、テレビ画面の中にいながらテレビ画面の中を否定するようになることです。

例えば、マリオをプレーしながらカービィをプレーしようとしてしまったり。自分が参加しているゲームを否定して、プレーできもしない仮想VRゲームを新しく構築しようとしたりする、そのような切実な努力です。

修行が好きな人間などは、

「どうすれば、マリオの中にカービィを登場させられるか?」

その秘密の方法を延々と考えて、ブロックを何度もたたいたり、Bダッシュで行ったり来たりを繰り返したり、ひたすらしゃがんでみたり、ナドナドしています。

ここでの面白い問題点は、たまにゲームのバグが発見されるかごとく、本当に裏技があったりすることでして。普通にプレーしていたら絶対に見つけられないような、ゲーム作者も意図してねぇよ、っていう道具の使い方やボタン操作なんかがあったりして、その発見がさらに修行情熱に拍車をかけるんですね。

Bボタンを連打したら、水がワインになったよ。

Ⅱコンのマイクに叫んだら、8面にワープしちゃった。

そのような情報がウソとホントがぐちゃぐちゃになって、修行大好き人間にさらなる努力のための情熱を与えていくのです。

壁を前に延々と座っている(面壁)人も、壁を背にして延々と座っている(背壁)人も、そのような教義の外にいる人からしたら「何やってるのかな?」と理解しがたいものかもしれませんが、彼らは彼らなりのゲームを彼らなりの流儀において夢中でプレーしているはずです。その点において、僕たちは誰もが変わりなく、同じプレイヤーである人間です。

「ゲームなんて無いんだよ」

って言ったところで、なんだかんだで、人それぞれの楽しみ方をしているのが

僕たちの人生ゲームなのです。

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

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牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。