芥川龍之介の短編小説、芋粥。
それはこんなお話です。
主人公は役人の五位(←役職の名前らしい)です。
五位は、さえないおっさんで同僚たちからもいつも馬鹿にされています。
でも、そんな彼にはたったひとつだけ夢がありました。
その夢は、年に1度しか食べることのできない、おいしい芋粥。その芋粥を、ゴクゴクまるで飲み物かのように、飽きるほど食べてみたい。そんなささやかな夢。
それを耳にしたとある武人が、「よっしゃ!お前の夢を叶えてやる!!」と、五井を連れ出し、「すぐ近くだから!」といって、2日かけて京都から福井まで馬を走らせます。立派な屋敷につくと、そのまま五井は疲れて寝てしまいました。翌朝、目を覚ますとそこには何十人もの人が、まるで祭りのように大量の芋粥を作っている光景でした。
ついに夢が叶う瞬間。
それを目の前にして、五位は一瞬で食欲を失います。
遠慮するな、という武人に、せっかく自分のために作ってくださったのだから、と五位は必死にそれを口にしようとします。しかし、彼は最終的にほとんど芋粥を食べることができなかったのです。
そして、五位がかつて幸せだった自分を思い出す姿にて物語は閉じます。
「芋粥を飽きるほどゴクゴク食べたいなあ」
という、叶わぬ夢を大切に抱いていた、幸せな自分を。
自分を変える旅から、自分に還る旅へ。
let it happen,
just actualize who you truly are…
五位は、芋粥を飲んでゐる狐を眺めながら、
此処へ来ない前の彼自身を、なつかしく、心の中でふり返つた。
それは、多くの侍たちに愚弄されてゐる彼である。
京童きやうわらべにさへ「何ぢや。この鼻赤めが」と、罵られてゐる彼である。
色のさめた水干に、指貫さしぬきをつけて、飼主のない尨犬むくいぬのやうに、
朱雀大路をうろついて歩く、憐む可き、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼である。
芋粥 芥川龍之介