書籍・映画・アート

第22章 多次元の冒険 次元上昇理論を拡散しようとした結果

第21章のつづき

孫にすら福音を説くことに失敗した。そんな私が、自分の秘密を他の人たちにもさらに伝えようとするはずもない。

しかし、私は絶望したわけでもない。

「上を目指せ、北ではなく」

というキャッチフレーズだけではなく、この内容を誰にもわかりやすく、はっきりと明らかにできるような方法を私は探求するべきだと考えていた。この目的のための手段は、そうだ、書くことしかないだろう。

それから私はこっそり数ヶ月かけて、3次元のミステリーについての論文を書きあげた。

そうはいっても、法律にふれる可能性があるため、なるべく物理的な次元についてはふれなかった。そして、あくまで理論上の次元上昇、ソートランドの物語として論文を書いた。

その世界からは、理論上、図形はフラットランドを見降ろして、同時にあらゆる内側を見通すことができるのだ。さらに、8つの端点を持ち、6つの正方形で囲まれた図形も存在している。

しかし、この論文を書き進めていくうちに、残念ながら自分にはこの世界を伝えるために欠かせない図を描くことができないことに氣がついた。というのも、フラットランドには線以外の記録用の板はなく、線以外の図は存在できない。あらゆるものが1本の線であり、長さと輝きによってしか区別できないからね。

そんなわけで、書きあがったこの論文の題名は『フラットランドを抜け出してソートランドへ』だ。

この内容をはたして多くの人が理解できるのかどうか、私には自信があまりなかった。

その間にも、私はよく落ちこむようになっていった。どんな楽しみにも興味がなくなってしまった。見るものすべてがどこかじれったく感じられる。2次元の世界を目にしながら、それを3次元の世界で見えた本当の姿と、もう比べずにはいられない。私は、さっさと口をすべらせ反逆罪を犯してしまいたかった。

私は、自分の仕事や人間関係をほおっておいて、かつて見たミステリーについて瞑想ばかりするようになった。

しかし、私はそれについて誰にも話すことはできず、自分の心の中で再現することも難しくなっていった。

スペースランドから戻って11ヶ月後のある日のこと、目を閉じて立方体を見ようとしたが、うまくイメージできなかった。その後はうまくいったのだけれど、それが本物を再現した正確な形であるのか、よくわからなくなっていた。このことで落ち込み、憂鬱になった私は何でもいいから行動を起こそうと決めた。

このことを伝えるために私は犠牲になってもいい、そう感じるようにすらなっていった。

けれども、自分の孫にすら説くことができなかった真実を、この世界でもっとも進化した高位の円たちが納得してくれるのだろうか。

時々、あまりに自分の思いが強くなりすぎて、危険なことを口走りそうになることもあった。すでに私は反逆的とまではされないまでも、異端であると思われつつあった。私の社会的な地位は、かなり危険な状況にあった。そのような状況にあるというのに、私はもっとも地位の高い多角形や円といるときですら、いかがわしい発言を抑えることができなかった。

例えば、物体の内側を見る力を得たという狂人をどう処理すべきかという話題になったとき、私は古代の円のこのような言葉を引用した。インスピレーションを受けた偉大な預言者は、その他大多数からは狂人として扱われるものだ。さらに思わず、「物体の内側を見通す目」とか、「すべてを見渡せる大地」といった言葉を使い、禁じられている言葉「3次元と4次元」を口走ってしまったことも、一度ならずあった。

このような軽率な行動を何度も繰り返したあげく、私はついにやってしまった。

知事の官邸にて開かれた、地方学会の会合に参加したときの出来事だった。どこかの馬鹿者が、神がなぜ次元の数を2に限定したのか、なぜ全知全能の神だけにすべてを見通す力があるのか、その緻密な論文をたらたらと読み上げているのを聞いて、つい我を忘れてしゃべってしまったのさ。スフィアとスペースランドを旅したことのすべて、さらに、中心街の世界議会ホールで経験したことまですべてをだ。当然最初は、架空の人物の作り話をしているようなふりをしていた。

しかし、すっかり夢中になった私は、多くの人たちの前で取り繕うこともなく、3次元の福音について語りかけていた。

そして私はすぐに逮捕され議会送りになったことは、いうまでもないだろう。

翌朝、私は以前はスフィアが立っていたまさにその場所に立っていて、質問も中断もなく、思うように述べたいことを述べなさい、と命じられていた。この先の自分がどのような運命にあるかはわかっていた。というのも、議長は入場するとすぐに角が55度ほどの警察官をみつけると彼らに交代を命じ、その後に角が2、3度しかない護衛たちが現れたからだ。私にはそれが何を意味するのか、よくわかっていた。私は処刑か収監され、同時に私の語った秘密が外に漏れないようにこの場にいる者はすべて破壊される。議長は犠牲をできるだけ身分の低い者にしようと考えたのだ。

私が弁論を終えると、議長は2つの質問をした。私の明確で熱心な話にいくつかの若い円が心を動かされていることに、彼は氣づいたのだろう。

1.「上を目指せ、北ではなく」という方向を示すことができるかどうか。

2.図や言葉でスフィア(球体)やキューブ(立方体)と呼ぶ図形を示すことができるかどうか。

私にはこれ以上は何もいうことはできない、と答えた。加えて、それでも真実がいつかは明らかにされるべきなのだ、と。

議長は私の意見には、議長自身も同意できる部分がある、と言った。それは素晴らしい弁論であったと。そして議長は終身刑の判決を下し私に告げた。もしも真実がそれを望むなら、真実によってお前は刑務所から抜け出し福音を広めていくだろう。いつかその日がくるまでは、お前を閉じ込め、不快なことがないよう取り計らってやる。おとなしくさえしていれば、先に刑務所に入ったお前の弟に会う特権も与えてやろう、と。

……あれから7年間の時が過ぎ去った。

私はまだ囚人だ。

たまに弟が訪れるのを除いて、看守以外との交流は一切禁止されている。弟は、もっともすぐれた正方形の一人で、思慮があり、明るくて、私に兄弟の愛情も示してくれる。

しかし、私は告白しよう。週に1度の面談には、私にとってただひとつ苦痛なことがある。スフィアが議会に出現したとき弟もその場にいた。そして、球体の断面が変化していくのを目の当たりにし、スフィアの説明を直接聞いている。それから7年、私は弟にスペースランドの詳細を説明し、立体は存在するとアナロジーに厳密に従いながら語り聞かせてきた。恥ずかしいことに、それでも弟は3次元が何であるのか理解していない。スフィアの存在を信じてすらもいない。

つまり、私の話を聞いて真実に氣がついた者は、ただのひとりもいないのさ。

このミレニアムの啓示には何の意味もなかった。スペースランドに伝わるプロメテウスは人間に火をもたらしたというね。フラットランドのこのプロメテウスはどうだろう。彼は刑務所に閉じ込められ、この世界に何をもたらすでもなく、ただ寝っ転がっているだけだ。

しかし、私の記憶がどうにかして、方法はまったく思いつかないが、どこかの次元にいる人たちの心に届くかもしれない。

そして次元に閉じ込められることを拒否する反逆者たちの心に火を灯すかもしれない。

心が明るいときは、そのような希望を抱いたりする。でも、いつもそう思えるわけではない。正直にいうと、私はかつて目にした立方体の正確な形について自信がなくなっていた。ときどき、思い返すことさえ重荷になった。

また毎晩、夢の中で「上を目指せ、北ではなく」という神秘的な教えが、まるで魂を奪うスフィンクスのように私を追いかけ回し、私を悩ませていた。こうした苦難に耐えることも真実の探求には必要かもしれないが、精神的に弱ってしまうことだってあるのさ。そんなときは、立方体や球体の存在がおぼろげにフワフワと可能性の背景へと消え去っていくようだ。

今では、3次元がまるで1次元世界や無次元のような夢のことのように感じられる。いや、それどころか私を自由から隔てているこの壁も。私が今書いているこの書版も。フラットランドの現実さえも。まるで病んだ想像の産物にすぎないか、根拠のない夢が織りなす世界のようにも思えてくる。

THE END

幻の第23章エピローグ

(下記は後に発見された書版より書き起こしたもので、けして正式に伝わるものではないが、筆跡からスクエア氏の手記と推測されている……)

以上の物語を書き終えると、私はひとつ大きなため息をついた。

あたりを見渡すと、そこらじゅうに書版がちらばっている。こんなことをして何になるというのだろう?それが誰かの手に渡ることはもちろん、誰かに読まれることなどは絶対にあり得ない。結局、私は自分自身の精神の安定のためだけに、ひたすら書版にこの奇妙な物語を書き留め続けていたのだ。そんなことはわかっている。けれども、どうしても書かずにはいられなかったのだ。

私の心は少しも満たされることなく、むなしさでいっぱいになった。そして壁に寄りかかるようにしてへたりこむと、壁に向かって思いきり叫んだ。

「私はなんという愚か者だ!」

すると、はっきりとした声が後ろから返ってきた。

「君はけして愚かではない」

振り返り、目を凝らしながら反対側の壁をみつめる。

すると、そこにはとても小さな図形、点があった。その点はまたたく間に大きくなっていく。部屋の内外から笑い声が響いているような複数の音が聞こえていた。驚きで目を見開いている私に向かって、それは言葉を発した。

やあ、準備はできているかい?

To be continued…

アマゾンランキング
『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

ABOUT ME
マッキー
牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。