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第9章 フラットランド色彩法案とは

第8章のつづき

しかし、一方では知的な技術は急速に衰退していった。

視覚による認識技術はいらないし、実践されることもなくなった。幾何学、静力学、動力学、その他の学問も余計なものになり、大学でも軽んじられ無視されるようになった。小学校では下等な接触技術も同じ扱いになった。二等辺三角形階級の者たちは、標本はもういらないと考え、犯罪者たちの教育への貢献を拒否するようになった。これにより犯罪者は数を増やし問題になっていった。

年を追うごとに、兵士や職人たちは自分たちと上位階級は平等であると激しく主張するようになった。そして、その主張の正当性は増すばかりだった。簡単な色の認識によって生活上の困難を克服できるようになり、もはや両者は同等なのだと。視覚による認識技術を「独占的な技術」として禁じるべきだという意見もあった。資格による認識、数学、触覚の研究に対しての寄付も禁じるべきだ、という声も出はじめた。

やがて、第二の天性である色によって、貴族とそうではない図形を区別する必要はなくなったのだから、法律も変えていくべきだろう。平等な権利をすべての図形が持つべきなのだ、そのような主張も出てきたという。

この動きに身分の高い者たちが動揺していると、革命リーダーたちはさらに要求を強めていった。ご婦人たちも「聖職者も色を塗って色彩に敬意をあらわせ」と抗議するようになっていった。「聖職者は辺を持っていないだろう」という反論もあったが、「それなら、目と口がある前半分に色を塗るべきだ」と主張した。

フラットランドのすべての国が集まる特別議会において、ご婦人はすべて目と口のある前半分を赤で、後ろを緑で塗ること。そして、聖職者も同じように目と口のある前半円を赤で、後ろの半円を緑で塗ること。そのような法案が提出された。

この法案はとても巧妙なものだった。実は、これは二等辺三角形たちが発案したものではなく、ある不正規の円によって作られた法案だった。この円は子ども時代になんとか破壊されずに生き残り、結果この国を恨み、どうにかしてこれまでの常識を破滅させようとしてた。

この法案は計算しつくされていて、すべての階級のご婦人を色彩革命の側に引き込むようになっていた。革命家たちは、ご婦人と聖職者の色を同じ2色にすることによって、ご婦人が特定の姿勢をとることで聖職者そっくりになり、それにふさわしい敬意をもって扱われると保証したのだ。こんな可能性にご婦人たちが興味を持たないわけはなかった。

もしかしたら、この法律によってなぜご婦人と聖職者が同じに見えるのか、理解できない人もいるかもしれない。これはちょっとした図で一目瞭然になる。

新しい法律によってご婦人が正しく前半分は赤、後ろ半分は緑で塗られた姿を想像してみてほしい。ご婦人を横から見たら、そこには半分赤、半分緑のまっすぐな線が見えることになる。

flatland5

聖職者の場合、彼の口はM側にある。

前半分のAMBが赤で塗られていると、後ろ半分が緑になる。

つまり、直経ABを境界として赤と緑に塗り分けられていることになる。これを直経ABの延長線上から見るなら、1本のまっすぐなCBD線が見えてくる。この直線の半分のCBは赤で、もう半分BDは緑になる。直線CDの長さは成人ご婦人よりも少し短いのだろうが、端の方へ向かって急に暗くなっている。

しかし、そういった細部は色で見分けて認識が衰退しつつある世界では無視されるようになっていく。ご婦人たちも端を暗くして円に似せる技術を身につけていくことも考えられる。ここまで解説すると、聖職者とご婦人を混同してしまう大きな危険があることがわかっただろう。

か弱いご婦人たちにとって、このような可能性がいかに魅力的であったか。実際、彼女たちは喜びながらその法律によって起きる認識の混同を想像したことだろう。家庭内ではご婦人に話してはいけない政治的、宗教的な秘密を耳に入れてしまうかもしれない。円のふりをして、彼女たちが命令を下すことだってあるかもしれない。家の外になったら、赤と緑の強烈な組み合わせによって多くの間違いが起きてしまうだろう。

例えば、通行人がご婦人に敬意をはらい、円に敬意を払わなかったりするかもしれない。ご婦人の下品なふるまいによって、円階級にスキャンダルが起きてしまうかもしれないし、そこから国家政府すらひっくり返ってしまうかもしれない。この法案によって社会は根底から揺らごうとしているのに、ご婦人は浅はかにもその全員が、円階級のご婦人ですら法案に賛成していた。

次に、この法案には円をゆっくりと堕落させる狙いもあった。円は明晰な知性があり、まったく色の無い家庭内で子どもたちを慣れさることで神聖な視覚認識の技術を伝承させていた。この国際色彩法案が導入されるまで、円は安易に流行に走らなかっただけでなく、ますます他階級よりも優位な状況を作っていたのだ。

この悪魔的な法案を作成した不正規の円。

彼は、この色彩汚染によって、高い階級の知性を削ぎ、色の無い純粋な家庭をなくしてしまおうと心に決めていた。円は色彩に汚染されると親も子も堕落してしまう。円は父親と母親を見分けるときでさえ混乱して自分を信じることすらできなくなる。聖職者たちの知性は輝きを失い、ついには特権階級の転覆へと向う道が開かれるはずだった。

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『フラットランド―二次元の世界から多次元の冒険へ』
エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく… 第10章 フラットランド色彩暴動の鎮圧

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

ABOUT ME
マッキー
牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。