この疑問に対してのスフィアの解説をここに書いてしまうと、スペースランドのあなたには退屈な話だろう。すでに知っていることだからね。そこで、こうしておこう。スフィアは物や光の位置を変えつつ、ときに彼自身の身体を私にふれさせながら、説明してくれたおかげで、私はついにすべてを理解することができた。そして、私は円と球を。平面図形と立体を。簡単に見分けることができるようになった。
なぜ、理性から耳をそむけているのだ? 君は理性ある優れた数学者だ。だから、3次元の福音を伝える使者としてふさわしいと望んでいた。これを説くことは、千年に1度しか許されていない。どうしたら君に確信してもらえるのだろう。
確かに、君は空間が何かを知らないようだね。そこには二次元しかないと思い込んでいるだろう。しかし、ここに来たのは第3の次元があることを、君に知らせるためだ。スペースとは、「高さ」と「幅」と「長さ」だよ。
同じように、一辺3センチの正方形をそこからさらに平行に動かせば一辺が3センチの何かになって、それは3の3乗、つまり3×3×3であらわせるんじゃないのかなあ?
はい、その通りです。あなたの世界の外へ、あなたの空間の外です。王様のいらっしゃる空間は、実は本当の空間ではないのです。平面こそが本当の空間。王様の空間はただの線に過ぎないのです。
私の目の前には、たくさんの短い直線があった。当然、それはご婦人だと私は考えたのだが。その線の間には、さらに短く光る点がちらばっていた。そのすべてが1本のまっすぐな線の上を、私が見る限りでは同じ速さで動いていたのだ。
円の教義は簡単に言ってしまえば、「汝自身の形に注意しなさい」ということになる。政治、教会、道徳、いずれにしろ彼らの教えは個人と集団における形の向上を目指すものである。もちろん、その中で円はもっとも特別な形であり、その他のすべての形の上に立つ。
これまでフラットランドについてとりとめもなく説明してきたが、もうそろそろ話の核心について、すなわち、私がスペースの神秘に触れたときのことを話していくことにしよう。これこそこの手記のテーマであり、これまでの話はすべて前置きにすぎないのだからね。
簡単な色の認識によって生活上の困難を克服できるようになり、もはや両者は同等なのだと。視覚による認識技術を「独占的な技術」として禁じるべきだという意見もあった。資格による認識、数学、触覚の研究に対しての寄付も禁じるべきだ、という声も出はじめた。