多くの人は、社会システムによって描かされた絵に従っています。そのうち、ほんの一握りの人たちだけが、意識の状態を変化させることによって目の前のキャンバスに自分の描きたい絵を描くことができます。その大きなちがいを創り出す小さなちがいは何なのか?
今朝、見たところ(5時くらい)
ランキングで2位に入ってましたね。早速、手に入れてくださった方も多いのだと思います。感謝です。さて。案内ページには書いてませんが。
去年の『フラットランド』に引き続き、2冊目となる電子書籍が発売になりました。他でもない自分の好きな生き方を選べるように。変性意識の本質を知り、心のブロックから自由になる方法。『心のブロックの溶かし方 : 一瞬で変わる変性意識のつくり方つかい方』
「創造は、この世でもっとも偉大な反逆である」それは、人生の内容でもなければ、その人生の登場人物ですらありません。それがコンテンツに関わることでしたら、コピーだって同じコンテンツを実現できてしまうのですから。
もしかすると、隣人はまったく違ったクオリアを生じているかもしれない。それでも、お互いに「これが赤だよね」と同意するならば、その疑問は消え去ります。おそらく、ほとんどの人がそれで納得できるでしょう。それでもやはり、哲学者のような変人は、「隣人にはまったく違う世界が見えているのではないか」という確かな可能性を否定できないままでいるのです。
それは想像とか妄想ではなく、物理的にあった、ということです。「確かに、そのようなバリエーションもあった」これを言い切ると、僕たちのリアリティからはかけはなれた世界の話になります。理由はカンタンで…
確かに理論上はそうなるのでしょうか、世界は箱を開けるまでは「両方の可能性が重なり合わさっているんだよ」といわれても、僕たちがそのまま納得できるはずがありません。ヒュー・エヴェレットはこの件について、素朴に。「それを観測する僕たちだって箱の中にいるんじゃないか?」
宇宙は、数学という言語で書かれている。
その文字は三角形であり、円であり、その他の幾何学図形である。
図形がなければ、人間は宇宙の言葉を理解することなどできない。
図形がなければ、人間は暗い迷路をむなしく彷徨うばかりなのだ。
ゼロというのは、「何も無いこと」ではありません。ゼロ=無ではありません。ゼロは数全体の円周であり、中心点。そのプラスとマイナスの平衡は停止するものではなく、ダイナミックに動き続ける円そのもの。
【国境の長いトンネルを抜けると雪国であった】この名文において「トンネルを抜け」たのは、いったい誰(何)なのでしょうか? うーん……島村? 読者? 列車? 乗客? これを英語にするとこうなります。
当時も、エニアグラムを学んだという人にミスター「G」の名前を聞いても知らない人も多く、その根っこは数秘もエニアグラムも、はたまた易経ですら、同じくすることころだということを知らない人も多いのかもしれません。今日するのは、性格類型としてのエニアグラムとはちょっと毛色のちがう話。