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習慣の魔術:原因と結果の法則はどこまで成立するか?

世界は矛盾(パラドックス)にあふれています。それら矛盾を易人は並行(パラレル)として受け取ることができます。つまり、起きなかったことは、ただ起きなかったことではなく「今の私は経験していないこと」に過ぎないことなのです。

3S政策と死んだシステム。

モノサシの目的は多くの人に「自信」を失わせることにあります。自分なんか大したことない、自分なんてしょーもない存在だ、ちっぽけで無力なダメなやつ。そう思ってもらうためにあります。そして、そのモノサシで命からがら優秀な成績を出した者には、その地域の長を任命します。すると、あら不思議。誰もが納得できる空氣感の中で、そのまま支配構造が完成するのです。

スペクトラ:私ではない・ではない私。

ものごとを観るとき、それを> コインの表側から観る人もいれば、> コインの裏側から観ている人もいます。いずれにしろ、どちらも1方向からの切り口です。このとき。「表」も「裏」も「同時に観る」という方法があります。

霊魂の不在証明。

僕たちは、この宇宙すべてを包み込んでいる存在をどのような言葉で表現したらよいのでしょうか?

私を氣持ち良くしてくれなかったあなた。

人間関係で、カチンとひっかかったり、不快感やどこかイライラを感じるとき。それって大抵の場合はね、「わたしを氣持ち良くしてくれなかったあなた」だったりしますね。それはちょっとした視点を変えるサインです。

バックドア:3次元から自由に飛び出す方法。

ちょっとした思考のストレッチを。0次元の点を認識できるのは、1次元からそれを見ることができるからです。2次元の面を認識できるのは、3次元からそれを見ることができるからです。フラットランドの住民たちは、2次元世界にいながら、2次元が何であるか「1次元の線を使って」認識することができます。それは、彼らの意識が、ひとつ上の次元にあるということです。

スペクトラワーク:鏡に閉じ込められた2次元人。

「きづき」とは何でしょうか?
「夢」から目覚めること。自分を取り囲んでいた世界。その世界が「自分の創り出した世界」であったことに氣づくこと。「自分」が、この世界のどこにも見当たらないことに氣づくこと……。

愛の方程式:わたしと自我の黄金比。

「私にとっての私」は自我にはなりえません。私たちは世界を「私」を通してしか経験できないので、私にとっての世界は「私」がすべてです。世界の果てに逃亡しようとも、「私」は「私」の外側には出ることができないのです。その中で個であろうとする「自我」とは、他者との関係があって、はじめて「自我」になり得ます。こう考えてみると、「自我」は他者と出逢った後の、後天的に形成されたもの、ということです。

黄金比の謎(まとめ)。

うーん。 have ですか。どうとでもとれますね。しかし、比というものは、どんな長さであってもあらゆる比を持つ(have)こと自体はできます。なぜかというと、比例というのは、どんな長さにも存在するからです。それは「関係性」なのですから。

エニアグラムとは何だったのか:ヴェシカパイシスは黄金比なのだろうか? 神聖幾何学の話。

これは最近いただいた、ちょっとした質問を受けてのお話です。「ヴェシカパイシスの十字って、黄金比ではないですよね?」この青い十字部分です。ルート3なので(ルート5ではなく)咄嗟に「黄金比ではない」とは答えたのですが、思索をまとめておきます。

Have to ではなく Want to で生きる。

「〜すべき」ではなく、「〜したい」かどうか。そうやって振り返ってみると、ですよ。僕らは「こう思われてしまうかもしれない」と誰かの評価を氣にしていたり。義務とガマンと犠牲心で「しなくちゃいけないから、しょうがないんだ」と自分の選択を放棄したり。

アワの歌 – 黒姫で山川さんと。

あかはなま いきひにみうく ふぬむえけ へねめおこほの もとろそよ をてれせゑつる  すゆんちり しゐたらさやわ

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