パラレルシフト

レット・意図=Be。

意図のつづき。

能力に制限を与えているのは、「Do(何かを行うこと)」や「Have(何かを持っていること)」ではありません。なぜなら、僕たちが新しいことをはじめるとき、それを「やった」経験もないのに、「やれた」経験もないのに、それを「できる」自分になっているからです。

それがBeですよね。

例えば、つい先週、僕は東京へ移動しました。

僕は家のドアを開ける前から、

「東京に行けない自分」

に思い悩むこともなく、

「東京に行ける自分」になるんだ!

と自分に言い聞かせることもなく、

淡々と「東京に行く自分」でドアを開きます。

長野駅に向かう間、「もしかしたら行けないかもしれない」と考えることはありません。

僕がはたして東京にたどり着けるのか? 誰にもわかりません。

なぜ、僕はそんな無謀な旅に出かけることができるのでしょうか?

僕は、あさま新幹線に乗り込み、そして東京駅で下車します。

どうして、そんな奇跡的な出張が実現できてしまうのでしょうか?

答えはカンタンです。

僕は「東京に行くことができない!」なんて、まったく考えていません。
別に「東京に行くことができる!」と信じようともしていません。

ただ、

東京に行く自分に、何の疑いも無いからです。

何の疑いもなく

ただ座席にすわってアイスクリーム食べながらiPadフリックしている。

もしも、意図に葛藤を感じるときは、反対方向への意図が現れています。

→と←がぶつかっているイメージ。

この→と一緒に、←にパワーを注いでいる自分に氣づくと、矢印は消えます。それは自分の望む矢印にパワーを注ぎましょう、というイメージではなく、もう一方の矢印に氣づくということ。すると、その両方が同時に消えるということです。

先程の新幹線の話を聞いて、ある人は言いました。

「疑いが無くても、当然でしょう。いつも行ってるんだから」

それは本当でしょうか?

ほんの数百年前まで、信州から江戸への移動は往復で1ヵ月くらいは歩きました。今のように道は舗装されていませんし、履物はわらじです。旅の途中で体調を崩したら長逗留せざるを得ませんし、旅の道中には命の危険も多々あったはずです。そんな命がけの旅をする人に、「僕は日帰りなんですよ」と伝えたら、

それは奇跡です!

神通力です!!

そうビックリするにちがいありません。

この驚きっぷりに、おおげさな、そう思われるかもしれません。

それは昔の話だから、そう思われるかもしれません。

けれども、実際に現代においても

今日、僕が乗り込む新幹線が動くためには

いったい、どれほど数多くの人の時間とエネルギーが関わっているのでしょうか?

そのために必要なのは、運転士さんだけではありません。日々の路線のメンテナンス、絶え間ない電力の供給、路線ダイヤグラムの設定、その運行にはあらゆるお膳立てが必要です。それに新幹線の車両ができるためには、膨大な技術が必要ですし、この車体を作っている合金はブラジルから遥々運ばれやってきたものかもしれません。

いずれの段取りがちょっと狂っただけでも、僕が東京にたどり着くことはありません。

まさに、奇跡、です。

その奇跡を眉一つ動かさずに「当然でしょう」と、ひょいひょい超えてしまっていて、ひょいひょい超えてしまっている自分にすら氣づかないのが、僕たちです。

僕はその奇跡に対して、とても「当然でしょ」とは思えません。

それでも、それがとても「自然なこと」だとは思っているんです。

今日も新幹線に乗り込む自分。
奇跡を目の当たりにする自分。

それができる可能性を信じられなくて悩むこともなければ、その可能性を信じようと必死になることもありません。

そこに何の疑いも無い。

ただ可能を開いていく自分でいるだけです。

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

>> すべての存在には意図がある。

ABOUT ME
マッキー
牧野内大史(まきのうち ひろし)作家、コンサルタント。著書に『人生のシフト』(徳間書店から)スピリチュアル翻訳者として著名な山川紘矢さん 亜希子さんご夫妻 あさりみちこさんとのセッション本(ヒカルランドから)や、監修翻訳を担当した『ソウル・オブ・マネー』(リン・ツイスト著)等がある。2014年にIFEC(国際フラワーエッセンス会議)に日本人ゲストとして登壇した。長野市在住。