『魔法少女まどか☆マギカ』

何年か前のアニメ作品に『魔法少女まどか☆マギカ』がありました。だいぶ前の作品だからネタバレしちゃうけど……このメルヘン・ホラーな作品は、ひとつの「願い」を叶えてもらう代わりに魔法少女になって戦うという設定になっています。

この物語での主人公はインキュベーター(キュゥべえ)となかなか契約をかわさず傍観者として物語に関わり続け、なんと最終話まで「魔法少女になるという契約」をひっぱります。そして最終話、ある特殊な「願い」によって、この宇宙から抜け出すという結末に至ります。

すると、最終的に主人公という「個」は消えます。

これは彼女が単に「死ぬ」というオチではありません。

時空を超えて、そもそも「生まれなかった」という結末です。消滅どころか、固有のタイムラインやスペースすべてが因果から抜け出して、過去にも未来にも消えてしまいます。

宇宙とは時間と空間ですから、そこから抜け出すということは、永遠に消え文字通り跡形もなくなるということです。そして、主人公はこの物語内でのゲーム・ルールを変え、主人公はひとつの法則、ひとつの概念となって、宇宙そのものを再編します。

この物語は最初から最後まで
「希望」という「→」が
「絶望」という「←」によって
打ち消されるコントラスト構造になっていました。

希望と絶望

しかし最終話、本当に絶望的な祈りによって呪いは消え、最後には「希望」が残ります。

主人公の母親がラスト、主人公の名前「まどか」を耳にして「なぜだか、なつかしい響きを感じる」といいます。その「なつかしい響き」の意味が認識されることは永遠にありません。その名前は自分の娘になるであろう存在でも、かつて娘であった存在でもないからです。

マジカッ!?

…というように、

『新世紀エヴァンゲリオン』と並んでアニメ史に残るこのトンデモ最終回は当時、話題になりました。

この最終回、もちろん様々な受け取りかたができるとは思うのですが、僕は「サトリ」というものをとても面白く表現しているな、と。

現実(この宇宙)から覚醒するということは、因果を超えてこの宇宙から抜け出す(ログアウトする)ということで、時間を超えて起きることです。

そもそも過去にも未来にも個として存在しなかったことになるわけですから、誰にも認識されないし、誰の記憶にも残らないプレイヤー(個)ということになります。

この宇宙に時間や空間があるのは、そこに参加するプレイヤーがいる限り(TSI)となります。でも、参加者がログアウトするときは時間を遡って消えますから、誰もプレイヤーがいなくなった時点で「最初から宇宙そのものが無い」という結論にもなり得ます。

これは、まったくクレイジーなアイデアでしょうか?

タオロジー

この辺りの仕組みは、わずかに古い伝書にも残されています。例えば、老子の道徳経にも一部、これに関する意味不明な表現があり、そこには宇宙の外のことが書かれています。宇宙の外のことをこの宇宙の中の言葉で書こうとしたのですから、サッパリ意味不明になって当然でしょう。

けれども、以上の仕組みを前提にこの本を読み返してみると、きっと不思議としっくりくる表現になっていることに驚くはずです。

きっと老子は「サトリ」それが示す可能性に氣づいていた人で、その悟りシステムを出来得る限りの的確な表現で記し残したのでしょう。さらに、その叡智を僕たちが現代でひも解くことができるのは、老子、

彼は現在もまだログインし続けている。

ということにもなります。

記録や記憶が残っているなら、彼らはまだこの世界でプレイを続けているプレイヤーであり、僕たちと同じように世界に接点を持っている個です。

その意味での本当の悟りを開いた人は、そもそもこの宇宙に存在しませんし、それは、過去にも未来にも存在しないという意味であり、僕たちの認識でき得る範囲外においては存在しなかったとも言い切れない、ということです。

これは、まったくクレイジーなアイデアでしょうか?

さて。

潜在意識は存在しない?

スピリチュアルにおける「サトリ」をありがたがっている方々も、その多くは、宇宙を再編するほどの何かを求めているわけではないんじゃないかなぁ、思います。

別にゲーム・ルールを書き換えたいわけではなく、あらかじめ合意された現実、ゲーム・ルール内で自分が満足できること。それは例えば、それなりにお金をたくさん稼ぐとか、素敵な異性と素敵なパートナーシップを築くとか、リア充を楽しむとか、まあ、何かしらの望みの代替案であったり、手段法であったりが、単に「サトリ」というものになっているだけ、だったりします。

であれば、

そんなことは、メチャクチャカンタンだ、と思い出すといいんです。

(同時に、面白さが残る程度にはムズかしい)

大切なのはチェンジ(変えること)ではなく、パラダイム・シフト(還ること)。

願いをかなえるパープルクレヨンを外に求めるのではなく、その願いをかなえるパープルクレヨンが自分自身であったことを思い出せばいいんです。

(同時に、面白さが残る程度にはクレヨンを見失っている)

むらさきのくれよん

『はろるどとむらさきのくれよん』 Harold and the Purple Crayon は僕も大好きな絵本です。パープルクレヨンによって描かれた月も、窓も、木も、どれをとっても = パープルクレヨンではありません。でも、この絵本に出てくる主人公以外のすべてはパープルクレヨンによって描かれたものです)

「意識」とは、「認識」の世界です。

では、「潜在意識」とは?

これを「無意識」というように、「意識されない、することのできない意識」についての話です。認識することはできないが、どうやらそれがあるようだ、という仮説に基づく概念です。

同じように、

数学にも虚数というものがありますね。

宇宙のどこを探しても虚数は見つかりませんし、そもそも認識できるような数ではないのですが、それがないと色々な理屈が成り立たないので、それはやっぱり仮定できるし使えるという便宜的な概念です。虚数は在るんだ! と言っちゃうと言い過ぎなんだけど、使うことのできるもの。

同じように、

宇宙にはダークマターとかダークエネルギーというものがあります。

この暗黒物質や暗黒エネルギーについては認識不可能ですし計測もできません。でも、この宇宙のほとんど、90%以上はソレでできているらしい、というものです。ソレが絶対的に在る、と言っちゃうと言い過ぎなんだけど、ソレがあることでこの宇宙の仕組みは通るよね、というもの。

よって、

「潜在意識がある」
というのは、大変な誤解です。

ですから、それを見つけようとする必要はありません。

それは矛盾した言葉と行動です。

そもそも「ある」とできない意識こそがソレ自体なのですから……

まるで、サトリを開き宇宙から抜け出した「まどか」のような存在。

それは在るとも無いとも言い切れない。

けれども、

この宇宙には流れていてもいい、

聞こえないバックミュージックです。

思い出のブライディ・マーフィー。

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

前世療法:思い出のブライディ・マーフィー(1)
潜在意識:思い出のブライディ・マーフィー(2)
超光速子:思い出のブライディ・マーフィー(3)
意識状態:思い出のブライディ・マーフィー(4)

魔法少女:思い出のブライディ・マーフィー(5)

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魔法少女:思い出のブライディ・マーフィー(5)2017年4月7日
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