「わからない」の暗闇に落ちる
時間について
旅人は電車で目的地に向かいながら
うつらうつら考えた。
自分が到着駅へ近づいていくのか、
それとも、到着駅が自分に近づいてくるのか、
どちらなのだろうか?
電車は目的地へと向かって進んでいく。
でも、自分の目から見れば
まわりの景色は通りすぎていき、この電車は動いてはいない。
同じように、これまで
自分が自分を通りすぎたことはなかった。
自分はいつでも、ここにいたからだ。
思考をめぐらす…
もしかしたら、移動という概念は幻で
自分は少しも動いたことはないのでは?
そして、出発の時刻と、到着の時刻。
時間が出発時刻から到着時刻まで流れていくのか、
それとも、到着時刻から出発時刻まで流れていくのか、
どちらなのだろうか?
実は、流れているのは時計の針だけで…
もしかしたら、時間という概念は幻で
本当の時間は少しも動いていないのでは?
動くことのない、そして変わることもない、
世界の中心にいる自分。
これは、いったい何なのか?
どう説明しようとしても、
それは思考ではとらえることができない。
ただ、
「わからない」
そこは説明の灯りがなく、ただ真っ暗。
思考による説明をつけず、ただ、わからないままでいると、
その、わからないの暗闇に落ちていく。
永遠に思えるほど時間を巻き戻し、
宇宙のはじまり、ビッグバンよりも前の世界。
そこには、空間もない、
したがって、時間もない。
そこには、ただ中心があって。
その中心は、今ここにもあって。
自分が体験しているこの
中心、ということだけが、
けして動かず、けして変わらず
この、あっけなく、とても自由なこと。

ある日、師はこのようにいいました。
「ただ『わからない』という瞬間に落ちなさい。
何かを明らかに説明できる、ということは
すべてあなたの思い込みにすぎないのですから。
一日のうちほんの1分間でもいい。
あなたの内側に『わからない』ことを受け容れなさい。
照明も証明も必要としない、その場所に留まる瞬間を」
関連キーワード: TSI, 師のことば, 時間

ミルトン・エリクソン
言葉の力2
終わらない話(1) あるシンボル
終わらない話(5) 照応
アリス -
思考は頭ですること・・なので、3次元的な回路では説明できる筈も無い・・人間は この物質次元以上も備えた存在であるという証なのだと思います。
1次元2次元という存在すら 理論的にしか説明できないけれど 『わかる』という能力は3次元の能力・・それ以上の次元の何か・・今分からないものを 分かるためには もっと意識次元を上げる必要があるのかと・・・そう思います。
けんすけ福のかみ -
時間も空間もないところに
なにかが始まったのか
すべて自分の意明示の中のものなのか
いずれにしても自分が中心にあって
そこから離れたことがない(意識の中で)自分にとって
周りにあるものは自分が創造(想像)しているのか
考えたところでわからない^^づっとそんなことを考える
そうかわからないを享け容れるのね^^それがいい☆感恩
マッキー -
けんすけ福のかみさん、こんにちは。
最近の物理学では、目に明らかに見えているものすら、
その場所にその物が存在しているか?存在していないか?すらも、
「わからない」くらい、ふわふわして確率論的なものらしいですね。
今日の終わりに目を閉じて、「わからない」状態を楽しんでみるのも、いいかもしれません。
aips -
あーーーこれは
私が子供のころから思っていたことと似ています。
子供のころからづーっとです
時間ではなくて見えている空間???
自分にしか見えていない世界・他人とは違う。
たとえ並んで同じ方向を見ていたとしても。
まったく同じようには見えていないだろう。
微妙に角度が違うから。
そう考えていくと、今見えている世界は自分だけのもので、
自分が世界の中心にいるということになるのではないのか?
みんなが同じようにそれぞれの世界の中心にいるということなのか?
そして自分がこの世界からいなくなったら、
自分にとっての世界はなくなってしまう???
・・・・でもそれがどうした?
マッキー -
aipsさん、こんにちは。
子どもの頃は不思議でしょうがないことですよね。
でも、大人になるとみんな説明上手になっていく・・・。
認識の上で自分がこの世界から消えてしまったら、
自分という小さな概念を超えた場所から眺めてみると、
もっと宇宙がよく観えるようになるのかも??