第17章のつづき

言葉にならない恐怖に私は襲われた。まったくの暗闇の中で、ふらふらした。そして、この目で見たこともないような光景、線ではない線、空間ではない空間、を見て吐きけがした。私自身も、もはや私自身ではない。声が出ることがわかって、苦痛のあまり叫んだ。

「頭がおかしくなってしまったのか、それともここは地獄なのか?」

そのどちらでもない、とスフィアが穏やかに答えた。

「これが知識だよ。これが3次元だ。さあ、もう一度目を開いてしっかりと見るのだ」

私が目を開くとそこには新しい世界があった。私の前に立っているのは、これまで私が推測し想像してきた、完全な円の美。それらを見えるように統合した姿だった。スフィアの中心がこの目にははっきりと見えた。

けれども、心臓も肺も動脈もない。この目に見えたのは、美しく調和に満ちたもの。とても言い表す言葉がみつからなかったが、スペースランドのあなたにとっては球体の表面と呼ぶものだったんだ。

この世界へと導いてくれた師に対し、私の心はすっかりひれ伏していた。

「どうしたことでしょうか。あなたの内側には神々しいまでに完全なる理想の知恵が見えているのに、そこには心臓も肺も、動脈、そして肝臓も見当たらない」

すると、彼は答えた。

「私の内側を見ることはできないよ。こことフラットランドでは次元がちがうからね。もしも、私が円であったのなら、君にもその内側が見えるだろう。前にいったように私はたくさんの円がひとつになった球体、スフィアだ。立方体の外側が正方形であるように、スフィアの外側は円になる」

私は師の謎めいた言葉に考え込んでいたが、もうそれに対していらいらすることはなく、静かに尊敬の念で見つめていた。さらに穏やかな声でスフィアは続けた。

「最初はスペースランドの深遠なミステリーを解明できなくても大丈夫だ。次第にわかるようになる。君がいたところを振り返ることからはじめよう。しばらくフラットランドの平面へと戻ることにしよう。そして、君が色々と推測し考えてきたが、一度としてその目で見たことはない角をはっきりと見てみよう」

そんなことは不可能です、と叫んだがスフィアに導かれながらまるで夢の中にいるかのようについていった。

「見なさい。あれが君の五角形の家、そしてそこにいる人たちだ」

flatland11

私は下を見る。

すると、それまでは推測だけで理解していたと思い込んでいた、家族たちの姿だった。目の前の現実に比べて、私がこれまで思い描いていた想像とは、どれほど曖昧で不十分なものだったのだろう!

4人の息子は北西の部屋で静かに眠っている。親のいない孫2人は南の部屋に。召使い、執事、娘も、全員それぞれの部屋にいる。愛する妻だけが、私がいないことを心配して、広間を行ったり来たりしている。私の叫び声によって目を覚ました給仕は、どこかで私が氣を失い倒れてはいないかと、書斎のキャビネットを覗きこんでいる。

このすべてを見ることができた。これは想像したわけではなく、近づくにつれてキャビネットの中身、お金の入った金庫、スフィアが話していた記録版もはっきりと見えてきた。

妻が心配そうにしているのを見て、彼女を安心させようと下へ飛び降りようとしたが動くことはできなかった。心配いらないよ、とスフィアは言った。

「それほど長い間、不安にはさせておかないからね。それよりも、フラットランドの調査へでかけよう」

再び、自分が上昇している感覚があった。スフィアの言った通りだった。見えているものから遠ざかるにつれ、視野はどんどん広がっていく。私が生まれた街、あらゆる家とそこにいる生物たちの中身まで、あらゆるものが小さくなり、見渡すことができる。さらに上昇すると、この大地の秘密、鉱山や丘の洞窟の奥深くまでが目の前で明らかになっていった。

もったいないくらいの世界のミステリーを目の当たりにして、すっかり圧倒されながら私は言った。

「まるで神様にでもなったようです。私の故郷の賢者によれば、全てを見渡せることは全知全能といいます。そして、そのようなことが可能なのは神だけだといいます」

スフィアはどこかからかうような声で、このように答えた。

「それは本当かい? なら君の国の賢者たちは、私の国の泥棒や殺人鬼も崇拝しなければいけないわけだ。君が今見ているものは、こちらの世界では誰もが見ることができる。きっと君の世界の賢者たちはまちがっているね」

私:では、全知全能であることは神の特性ではないとでも?

スフィア:わからないよ。しかし、この国の泥棒や殺人鬼が君たちの世界をすべて見渡せるからといって、彼らが神であることの理由にはならないだろう。君のいう全知全能ってやつは、人をより公平で利他的にできるだろうか。人をより慈悲深く、愛にあふれた存在にしてくれるだろうか?そうでないのに、なぜ神に近づくのだろうか?

私:慈悲深く、愛にあふれた存在?それはご婦人の特性ではないですか!知識と知恵こそが、単なる愛情よりも高い存在です。これは直線よりも円が高い存在であることから常識ですよ。

スフィア:まあ、人の能力に優劣をつけるのは私の仕事ではないからね。けれども、三次元世界の素晴らしい賢者たちの多くは、知性よりも、愛情を重視している。二次元世界で尊敬される円よりも、見下されている直線を重視する。もういいだろう。それより、あの建物が見えるかい?

その方向を見ると、遠くに広大な多角形が見えた。その中には、フラットランドの世界議会ホールがあるのがわかる。五角形の建物がいくつも互いに直角になって並んでいてこの辺りは中心街だ。

「さあ、降りよう」

今朝は新しいミレニアムの最初の1日、最初の1時間。ここには国でもっとも地位の高い円たちが千年紀が始まる際の厳粛な議会のために集ってきている。前回の1000年も、前々回の紀元0年も、最初の日の最初の時間に同じ議会が開かれたそうだ。

前回の議事録を読み上げていたのは、完璧な対称性を持った正方形。すぐにわかった。この議会の書記長である、私の弟だ。議事録の内容はこうだ。

「国家はこれまで、別の世界より啓示を受けたという、悪意ある者たちによって悩まされてきた。彼らは人々を扇動し反乱を引き起こすと公言する。世界議会はこの危機について満場一致で次のように決議してきた。各1000年の初日、フラットランドの地区長官に特別命令を送る。各地区の道を外れた危険人物を徹底的に探し出し、正式な数学的検査は踏まずに処理すること。二等辺三角形ならすべて破壊。正三角形であれば、むち打ちに処した上で収監。正方形や五角形は地方の収容所に送る。それ以上の高い地位にある者は、逮捕して首都へ送り、評議会で検査の上で判断すること」

君自身の運命が聞こえたかな、スフィアがそういう間にも3回目の正式な決議がなされようとしていた。この特別命令によれば、3次元の福音を伝える使者を待ち受けている運命は死か牢獄なのだ。

「今の私にははっきとわかりました。真実の空間がどのようなものなのか、それは簡単なことです。私は子どもにもそれを理解させることができると思います。今すぐ、この場所に降ろしてください。この場にいる全員を目覚めさせてみせます」

いや、まだだ、スフィアは言った。

「そのうち、準備ができるときまではね。それまで、私は私自身の使命を果たさなければ。君はここにいなさい」

すると彼はものすごい速さで二次元世界へ飛び込んでいった。そして、議員たちの中心に降りると叫んだ。

「私は3次元の世界があることを宣言するためにここへやってきた」

目の前でスフィアの円周がどんどん大きくなるのを見て、たくさんの若手の議員たちが恐怖のあまり後ずさった。しかし議場の円は驚きも動揺もせずに、さっと合図を送った。すると、6つの二等辺三角形が円周に飛びかかる。

「捕まえました!」二等辺三角形は叫ぶ。

「いえ、はい。まだ捕まえております! あれ、行ってしまう、行ってしまう、行ってしまった!」

議長は若い議員の円に振り返ると言った。

「まったく驚く必要はありませんよ。実は、私だけがアクセスできる秘密のアーカイブには、これと同じような出来事が前回も、前々回のミレニアム議会でも起きたと記録されています。もちろん、このような些末なことは議会の外では一切他言無用です。よろしいですね」

議長は衛兵たちを呼んだ。

「ここにいる警官を逮捕して口を封じなさい。お前たちの責務が何か、わかっていますね?」

かわいそうな警官たちは、知ってはいけない国家機密を目の当たりにしてしまったのだった。議長の円は、再び議員たちへ振り返る。「議会は以上とします。本年が皆さんにとって幸多き年となりますようお祈り申し上げます」と、議会をしめくくった。

円はその場を立ち去る前に、書記長を務める私の弟のところへ向かった。そして、私たち兄弟の中で、もっとも優秀で、もっとも不運な彼に向かってこのように告げたのだった。

「非常に残念なことですね。先の例に従って、書記長。これは国家秘密を守るためなのですが、私たちはあなたを一生涯、閉じ込めておかなくてはならないのです」

そして議長は弟に向かって、そのかわり今日のことを他言しない限りは命を保証するよ、と付け加えた。

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エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく…… 第19章 多次元の冒険 スペースランドの神秘

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

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第18章 多次元の冒険 スペースランド(3次元)の世界へ2017年6月5日
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