第4章のつづき

あなたには光と影を認識する目がふたつあるだろう。そのことで遠近感を備えているし、様々な色彩を楽しむこともできるよね。あなたは実際に角を見ることができて、素晴らしい3次元の世界から円周をまるっきり観察することさえできる。

そんな能力に恵まれているあなたに、フラットランドでお互いの形を識別することの難しさをわかっていただけるだろうか?
 
前に言ったように、フラットランドの私たちの目には、あらゆるものがすべて同じか、ほとんど似ているまっすぐな線として見えている。どれも同じ形に見えるのに、いったいどうやって区別できるのか? そう疑問に思うよね。

この問いの答えは3つある。

まずひとつ、聴覚による認識。私たちの耳はあなたのそれよりもはるかに高度に発達している。友人の声はもちろん、階級のちがいだって聴き分けることができるんだ。すくなくとも、二等辺三角形を入れない正三角形、正方形、正五角形、この下の3つの階級については判別可能だ。階級が上がればこの判別は難しくなる。理由は声が似てくるからで、さらに声で判別すること自体は低位階級において発達している能力で、高位階級ではこんなことはしない。最低位の者たちは発生器官が発達していて、二等辺三角形は多角形の声を簡単に真似ることができる。ちょっとした訓練で、円階級の声を真似ることだって可能だ。

だから、一般的にはふたつめの方法をとることになるだろう。
 
それは触覚だ。

高位階級については後で話すけど、ご婦人や低位階級ではね、見ず知らずの者同士が階級の判断をする場合は直接ふれ合うことこそ、スペースランドにおける「自己紹介」みたいなものさ。

「この私の友人にふれ、ふれられることをお許しいただけますか」

というようにね。

これは今でも遠くの田舎では行われている古風なやり方だ。これは都市のビジネスマンたちにおいては、「ふれられることを」が省かれて単に「氏にふれていただけますか」と言う。もちろん、互いに「ふれる」が前提になっているわけだ。さらに最近の若い紳士たちは、「ふれる」という言葉を「ふれると同時にふれられることを提案する」という特別な意味で使っている。

高位階級のていねいな社交界でも、「スミスさん、ジョーンズさんに、ふれるのをお許しください」なんて言葉づかいがスラングとして認められている。

誤解してほしくないのだけれど、ただ「ふれる」といっても、ベタベタ長ったらしく、全体をさわりまくるわけじゃないよ。そんな必要はない。ただ、ひとつの角にふれただけで、正三角形と正方形と五角形の見分けがつく。これは学生時代からの日常的なものだからね、無能をあらわす二等辺三角形の尖った角なんてすぐ判別がつくのさ。相手の角ひとつにふれるだけでいい。

ただし、高位階級はまた別だ。相手が高い地位の貴族になると、かなり難しい。ウェントブリッジ大学の修士号があったって、十角形と十二角形を混同しちゃうからね。どこの大学の教授を探したって、二十角形と二十四角形をためらいもなく即座に判別できる人物なんてめったにいない。
 
ご婦人についての法律を思い出せば、この触覚プロセスが注意深いものでなくてはならないとわかるだろう。ふれる側が注意しないと、相手の角によって取り返しのつかないことにもなるからね。逆にふれられるときは直立不動でなくてはならない。ちょっと姿勢を変えたり、くしゃみひとつで致命的なことにもなりかねない。特に低位階級のやつらは、角から目までがかなり離れているからね、自分の端の方で何が起きているかなんてわからない。三角形のやつらは鈍感だから、礼儀正しい正多角形がやさしくふれてもそれを感じることもできない。三角形がふいに頭を動かしただけで、この国の貴重な命がひとつ失われてしまうことだってあり得るのさ。

私の偉大な祖父はね。不幸な二等辺三角形階級の中で、もっとも正三角形に近くてね。亡くなる前に、正三角形への昇進についての衛生社会局での審査で7票中、4票の賛成を得ていた。その祖父がね、涙を浮かべながらこのよくある失敗について嘆いていたのを、私も耳にしたことがある。

その不運な災難は、祖父のひいじいさんのひいじいさんにあたる、労働者階級の図形に起きたことだった。

祖父の話によるとね、この図形の頭は59.5度の角だった。けれども、リウマチに冒されていてね、多角形に審査されている最中に突然びくんと動いて偉い人を突き刺してしまった。彼はずっと拘束され、格下げにもなり、一族の階級も1.5度後退されたという。次の世代は58度で記録され、この後5世代かけて60度を達成して二等辺三角形の身分から脱したそうだ。こうした連鎖は、すべてふれる際のちょっとした事故から起きたことだった。

教養あるあなたなら疑問に思うかもしれない。

「フラットランドの住人が、なぜ角や角度について認識できるのか? スペースランドのわたしたちは2つの線が交わっている角をこの目で見ることができる。でも、あなたの目には1本の直線しか見えないのでしょう。あるいは、たくさんの直線の切れ端が並んでいるのが見えるだけで、角度のちがいどころか、角を判別できるはずがない」

とね。

この疑問に答えよう。

たしかに角を見ることはできないけれど、推測することができるのだ。触覚の発達もあって、あなたの持っている分度器よりも正確に角度を見分けることができる。さらに、自然法則についても話しておかなければならない。二等辺三角形の頭部は0.5度からはじまって、1世代ごとに0.5度ずつ増えていく。さらに目指すべき60度に達することで、奴隷階級から抜け出し、自由人となって正三角形の階級へと入るわけだ。

このように、自然そのものが、0.5度から60度までの角を計る物差し、というか、角の基本単位というものがある。国中のすべての小学校には基本単位の標本があり、その見本以上に0.5度や1度の図形は世間にあふれかえっているからね、10度くらいまでの角度は山ほどあるわけだ。これらの階級に属する者は市民権すら得られず、教育委員会によって拘束されると安全な状態にされて小学校へ配布される。そして、中間階級の子どもたちの教材となるのさ。

こういった標本に餌をやりながら数年間にわたって配置しておく国もあるが、子どもたちの教育的な見地からは、毎月取り替えていく方が望ましいとされている。標本を長い間維持するにも食費がかかるわけだし、数週間もすれば角がすり減って正確ではなくなってしまうからね。取り替えコストはかかったとしても、政治家たちはこの方法によって二等辺三角形の余剰人口をわずかでも減らせることを考慮している。教育委員会が安上がりな方法を好む傾向にあるだろうけど、実はコストをかけた方が、最終的にはコストを抑えることになっている。

教育委員会のやり口には疑問があるけど本題に戻ろう。

触覚による認識プロセスは、あなたが思っているほど複雑でも曖昧でもないことをわかってくれただろうか。そして聴覚よりも触覚での認識の方が信頼できる方法なのさ。一方で触覚は危険をともなう。そのため正多角形と円階層においては3番目の方法を選ぶことになる。これについては次の章にて話していこう。

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エドウィン・アボット・アボット(著) 牧野内 大史 (翻訳)

つづく… 第6章 フラットランドの視覚による認識

自分を変える旅から、自分に還る旅へ。

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第5章 フラットランドでお互いを認識する方法2017年5月20日
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