heiando22

自分の名前を思い出す日

※ このブログについての意図を確認しました。【注意】 プライドのほんとうの意味。 こちらのトークイベントで話したことについて。 自分でもしゃべりながら整理しているのですが… 音声はこちらから聴いてください(数日間だけの公開です)。 イメージの法則という本の中で、 【セルフエスティーム】 という言葉を使いました。 これは、日本語では「自尊心」や「自負心」と訳されます。 「自尊心」は、 【プライド】ともいいますよね。 僕は20代の頃、 この自尊心(エスティーム)と自尊心(プライド)は 同じ意味のように、考えていました。 でも、あることをキッカケに プライドが崩壊する体験と、エスティームが出現する体験と、 同時にあったんです。 僕たちは自分が小さく感じるとき、攻撃されたと感じたときなど、 外に向かって跳ね返そうとする、反応、が起きます。 これは、プライドです。 プライドは、感情を使って自動反応させます。 誰にでも、死んでもいいたくない言葉、 死んでも絶対いやな自分がいると思います。 絶対に言われたくないこと、とか。 絶対になりたくないみじめな自分、とか。 それが起こると想像するだけで、 自分が壊れてしまうように感じる… 固い殻の下にある、ドロっとした生傷。 これをそのままにしたら、 自分の外側にある固い守りが、崩れ去ってしまう。 それは、死ぬことよりも怖い、 「自分が消え去ってしまうこと」です。 僕たちは、その固い殻が 「自分自身」だと思っていますが、 ほんとうはちがいます。 それは、自分に氣づかないために 巧妙に張り巡らされたマヤカシです。 ジブリの映画、「千と千尋の神隠し」を観たことがありますか? この映画の中で、主人公は…
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イメージの法則

隣のアルケミストからの手紙

※ ブログについて、あらためて意図を記しておきます。 こんにちは、牧野内です。 「人生のシナリオを書き換えるイメージの法則」という本の著者であり、 普段は、自然豊かな長野にて心理コンサルタントとして活動しています。 僕はあなたがそうであるように、 人生でもがき苦しみ、傷ついてきた人間の一人です。 仕事やビジネスにおいて。 まわりの人間関係や家族関係、心身の健康。 あらゆる夢と現実、そして、成功と失敗に。 人生に行きづまったとき、 何かが自分の望む人生を邪魔しているように思えたとき、 僕は自分の外側の世界のすべてに対して怒り狂い、 自分の人生を、どこか他人のせいにしてきました。 ”あること” に、氣がつくまでは… 【イメージの法則】 この本に書かせていただいた 「イメージ」の意味には、実は2つの側面があります。 それは簡単にいうと、 目に見えるイメージと、目に観えないイメージ。 ひとつは、 ★ こころのスクリーンに想い描く像や情景 これは、企業イメージやイメージアップ、イメージキャラクター、 などなど…僕たちが普段から使っている「イメージ」の概念です。 もうひとつの意味は、 ★ 僕たちが普段、目にすることのない形而上的な ”何か” 直観や内観について語られる「イメージ」の概念です。 この「イメージ」の2つの側面について、その遣い方を知る者は、 古来から、国家を統治したり、ビジネスで成功をおさめたりと、 好き放題、ありとあらゆる創造の果実を享受してきました。 それは、僕たちの両目に次ぐ目、 【第3の目】ともいわれています。 その目を開いたとき、あなたは ”何か” に氣づくのです。 主に、このブログは、…
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suiren

ともかく、それは起こった(進化と開花)

”花が地球に現れる前、世界は一色だった・・・” カナダの古生物学者 デイル・ラッセル 花が地球上に現れたのは、 今から約1億3000万年前の白亜紀といわれています。 地球のすべての歴史を1時間とすると、 これは、今から90秒前に相当するとか。 ともかく、それは起こったのです。 アルカエフルクトゥス。 すこしイメージしてください。 その花は、ちょうど今のスイレンのような形態。 色も今ほど鮮やかでなく、緑といえば緑、黄色といえば黄色、 そんなくすんだ色で、はなびらもほとんど見当たらない、、、 正直にいえば、お世辞にも美しいとはいえない、 その小さな花は天に向かって咲き、 すぐにしおれて枯れてしまいました。 この花の命がけの表現も、 あまりに一瞬のできごとで、 誰も氣づきもしなかったでしょう。 しかし、この出来事はひとつのサインでした。 一色の地球が、色にあふれた場所になる、 その「準備が整いましたよ」という。 その後、歴史のたった90秒間で、 花という存在は飛躍的に拡がり続け、それまでの シダ類よりもはるかに多い23万種以上に増えました。 花から複数の色を受け取った初めての生物。 地球で色を初めて認識したのは、昆虫だといわれています。 地面をはいまわっていた彼らは、羽を持ち花粉を運びながら やがて自身も色どりながらチョウやハチに進化していきます。 彼らは花から色をサインとして受け取りました。 地球上の生物が命の奪い合いや競争だけではなく、 互いに協力という新しい次元の関係を結ぶ その「準備が整いましたよ」という。 花には、植物が到達することのできる 最も高次の表現があります。 そこには地球の愛と創造性のすべてが体現されています。 花をみて、あなたがただ美しいと感じたら、 それは新しい次元の扉を開いていくサインです。 花は、いつでも準備のできた人のもとにやってくるからです。 自分が誰であるかを思い出す、…
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time

時間管理の終わり

ちょっと前にクラインの壷で、 時間とは仕事(貢献)との関係・・・という話をしてから、 「時間管理」の情報をよく目にするようになりました。 当たり前ですが、検索すればいっぱい出てきますね。 時間管理(タイムマネジメント) ビジネスでは大事な感覚だな、と今も思います。 思い出せば、僕もかつて、 まるで時間管理の叡智の結集?のような ぶ厚い手帳をいつも持ち歩いていた、 そんな、ビジネスマンでした。 やるべきことも、 やりたいことも、 山のようにあり・・・ それを、どう自分の限られた一日の中に詰め込むのか? どうやれば時間内に、よりたくさんのことが実現できるのか? どうすれば効率がよくなるのか? そんなことばかり、考えていました。 (そして、それが最高にかっこよいことだとも思っていた) 人生に時間が足りなさすぎるのです。 1日が28時間、 いや、26時間あれば・・・ ・・・。 ある日、締切の設定された 仕事をいそいで仕上げました。 予想通り、その日は徹夜に。 明け方、オフィスを出ると空が明るくなりはじめていたので、 仕事を終えた少し心地よい充実感からか、歩きたくなりました。 早朝の凛とした空氣と空のグラデーションを楽しみながら歩いていると、 大きな一本の木の向こう側から、暖かい光がぐんぐん昇る姿を見ました。 胸の奥から何かがこみ上げてきて、その瞬間に 「自分が今いるべき場所に、ちゃんといる」 と、理由もなく感じられました。 とてもシンプルな感覚なのに、 こんな瞬間は、ここのところ一度もなかった体験です。 「時間を管理することで、人生の何を管理したかったんだろう?」 そして、腕時計を公園の池に投げ入れて以来、 僕は腕に時計をしたことはありませんが、 その後、あまり不都合を感じたことはありません。 本当の時間管理は、時間を管理することではないからです。 (・・・つづく)
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空

芋虫の歌

旅人は目をさますと 資料の散乱したベッドから はい出てバスルームへと向かう。 顔を洗うと急いで着替えて、 リュックサックをつかみ部屋を出る。 階段をリズミカルに降りて、 レイラにおはよう、と声をかけると 足早に宿を出て、旅人は高台を目指した。 白壁のひしめき合うような坂道を登る。 石畳の細い道をひたすら歩いて 息があがってきた頃、小さなスペースに出た。 息は白く、誰もいない静かなスペース。 そこは開けていて、 振り返ると街全体を見下ろすことができた。 朝霧の向こうには遠くの古城がうっすらと見える。 きっと500年前にも同じ光景を見た人がいるのだろう。 旅人はそんな神秘的な想いを抱いた。 そして、4つ置いてあったベンチのひとつに座り、 リュックサックからノートとペンを取り出す。 スケッチをするためだ。 ふと擦れるような足音が聞こえて そちらを向くとジプシーらしき老婆が近づいてきた。 じっと見ていると、その老婆はゆっくりと歩きながら わざわざ、旅人の座っているベンチに座った。 旅人は少し驚きながら、 何か売りつけられるのでは、と身構えた。 しかし、いかぶる旅人をよそに、 ただ老婆はじっと正面だけを見つめている。 スケッチを再開しようと無地のノートを見つめると となりで、ぶつぶつと何かを口ずさむ音が聞こえてきた。 その音に耳をすますと、それはひとつのメロディー。 確かに、それは歌だ。 スケッチをやめて耳をすませながら そのまま、ノートに書き留める。  芋虫の世界は 小さな木の葉一枚の世界  それが彼の世界のすべて 彼の人生のすべて  やがて 彼は理由もわからず  まゆをつくり さらに小さな世界に閉じこもる  暗闇と絶望の中で 彼は人生の最期をじっと待つ  やがて 光さす外の世界にはい出てみると…
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自灯明

自灯明

日曜日、イメージの法則の出版記念パーティーが長野で開催されました。 急遽な上、かなり限られたお知らせになりましたが たくさんの方にご参加いただき、楽しい時間が過ごせました☆ ご参加いただいた皆さん、またお花などいただいた方々、ありがとうございました。 最近、僕の活動にはかなり大きな転換がありました。 結果、メッセージをお届けする媒体も、限られたものになりました。 (僕が今現在、個人的に更新しているのはこのブログのみです) 僕は最初、本を書くとき 「必要としてくれている誰か届けるために」と思っていたのですが、 フタを開けてみれば、イメージの法則は、他の誰のためでもない自分のための本でした。 最初から「届けよう」なんて思う必要もなかったのです。 もちろん、この本から何かを受け取ってくれる人もいると思うのですが、 それは僕のプロセスとはまた別の、その誰かの話になります。 それは一言でいえば、 自灯 という言葉です。 自分の光をよりどころとする。ということです。 どこかの光を奪ってきたり、 誰かの光を持ってきて自分を照らそうとするのではなく、 自分自身の光を遣う・・・。 これは、自立するとか、 他者の力を借りないとか、 そういう話ではありません。 自分とつながっていない間は、他とつながることもない。 そして、 そもそも自分とつながっていない瞬間などはじめからない。 どこかから持ってくる必要もない、起こそうとする必要もない、 自灯の明。 人は、自灯明に氣づいたとき、 世界と自分との間、 他者と自分との間、 自分の肉体と意識の間、 時間を感じている自分、 すべての内に、自分自身を発見し、自分の在り方を選択しはじめるのかもしれません。
チェシャ猫

猫のないニヤニヤ笑いなんて!

スペイン滞在中は、ビデオや音声をメッセージしながら、 来月から始まる新しいコースの内容を想い廻らせていました。 著書「イメージの法則」で伝えたかったことをほぼ100%網羅する 形式にするつもりですが、スペインで内容はだいたい固まり、 まずは、限定100名くらいの規模でスタートします。 (限られた方には、メールでお知らせしました) そのテーマというのが、 パーソナル・パワー です。 これからは色々な意味で ひとりひとりが大切になってくると思います。 スペインでも日本情勢をみていましたが、 TPPのことが話題になっていたようですね。 これは日本の意識にとっても わりと大きな決断になると思います。 それは、すでに仕掛けられていたドミノのひとつです。。。 この話題は、理性的な判断と感性的な判断の質がまったく違うので 賛成だの、反対だの、そう簡単に言える話題でもないですが、 このドミノが倒れることで日本人はこれまでの 社会システムの最期の断末魔を聞くことができます。 それは、あまり氣分のいいものではないかもしれません。 (できれば、僕は聞きたくなかった) 色々なところで色々なことが言われていますが、 結局のところ、 「自分がどういう生き方をするのか?」 は、これからは強く持っていても、損はないでしょう。 この問いかけを深い部分で受け取ってください。 「不思議の国のアリス」のなかで、 アリスがいった、あの奇妙な、あの言葉を憶えていますか? 「・・・猫のないにやにや笑いだなんて!  わたしが生まれてから見た、一番おかしなものよ!」 猫の、にやにや笑いではなく、 猫のない、にやにや笑い。 チェシャ猫は、にやにや笑いだけを残して消えていきます。 奇妙なワンダーランドでは、 存在が無くとも笑いを残していく・・・ そんな奇妙なことも日常茶飯事です。 そして、今、僕たちが存在している世界は ワンダーランドのような奇妙さを持ちつつあります。 そんな時は、あなたの足下をよく見つめてください。…
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TSI 時空間の幻想

時間と空間についての人間の持つ幻想を、 よく、TSI(Time & Space Illusion)といいます。 時間と空間があることで色々な体験ができる 僕たちにとっては、少し突拍子も無い話に聞こえるのですが… 考えてみれば、ずっと「今」は、過去から未来になっても、今しか存在していないし、 僕たちは同時に「ここ」は2箇所以上に存在することもなく、やっぱり今ここしか無いし、 それが、イリュージョンであるという考え方もできるわけです。 20代のころ、あるカプセルに入ったことがあります。 それは、五感を遮断できる仕組みになっていて、 そこに入ると、光も音もなく、体がぷかぷか浮遊して、 一旦、すべてのインプット情報をクリアにできるのです。 そこへ入って何も無い空間に浮かんでいると・・・ 体が勝手に動き始めます。横にスライドしているようにすーっと。 「あ、動いてる」と思って、カプセルの壁を内側から触ると、動いていません。 一瞬、上と下がわからなくなって、パニックになりますが、 やっぱり、そのまま動いていません。 僕たちは、様々な情報から相対的に、自分が動いているとか、 停止しているとか、動きを認識するわけですが、 それが無くなってしまうと、それはイリュージョンであると氣がつきます。 また、時間についても同じです。 僕たちはまわりを見て時間の流れを認識しますが、 それが無くなってしまうと、それはイリュージョンであると氣がつきます。 僕たちはイリュージョンの中に何を創造するかを選べるし、 やぱり、今ここにいる人と、今ここでどんな選択をするのかが、 僕たちの世界に永遠を創り出すのだなぁとも、思います。
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『文化の創造』 旅の途中で…

ある国を旅しているとき、 大きな聖堂の前を通りかかりました。 「この大聖堂は建造に500年もかかったんですよ」 と、親切に案内してくれていた 現地の女性が教えてくれました。 500年… ときに、『創造』という行為は、 その姿を目の前に現すまでに時間がかかることがあります。 きっと、この大聖堂を建てるときも… 最初の石を切り出し、その石を置いた職人が、 かつて、この場所に存在したのでしょう。 1つ目の石を置いた男が。 彼の、その創造の完成した姿を、 彼自身が目にすることはありません。 彼の子も、その完成を目にすることはありません。 そして、その孫、ひ孫ですら…けして。 そんな長い時の流れの中で、 「もう、この辺でやめとこうよ」 「無理だと思うよ、非現実的だよ」 「もう、この計画は時代に合っていない」 色々な言い訳を持ち出し、 目に見えない不確かな創造を否定し、 放り投げようとする職人は… いなかったんでしょうか? それとも、これは食べるための仕事だと、 割り切ったものだったのでしょうか? いえいえ、これは文化を創る仕事と、 氣高い想いがあったのかもしれません。 500年間にわたる、創造がスタートする。 もしくは、いつ完成されるかも知らされてもいない。 その場面をイメージしてみてください。 すると、最初の石を置いた彼の 目のずっと先に在る、完成された聖堂よりも、 そのすぐ背後に在る、大きなパワーを感じます。 その背後に在る何かは、 今この瞬間にも、脈々と息づいています。 僕たちのすぐ背後にも。 創造のパワーは、 創造された成果物に宿るのではなく、 命がいきる瞬間にこそ宿るからです。
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『みじめ』な自分を再発見

水晶の玉をイメージしてください。 透明で透き通った水晶。 この純粋な水晶は、ほんとうの自分。 ひとつの真実です。 地球上にいる僕たちの水晶は、 ちょうどこんなクラッククォーツ。 無数のクラック(ひび割れ)があります。 このクラックのひとつひとつは 人間としての限界、物質的体験のチャネルで、 これがあることで、 僕たちは様々な感情を味わい、 人間としての人生を体験することができます。 このクラックは、 僕たちが両親から受け取る最初のギフトです。 それは愛せない自分の側面でもあります。 その側面に僕たちは苦しむこともありますが、 それを含めて、愛が何かを知る旅のひとつです。 人は愛せない自分が出てくると、 それを感じないようにするために 相手か自分を責めます。 これは、怒りです。 僕の場合は、『みじめ』な自分があります。 20代のころ、 これ以上ない『みじめ』な体験をしました。 その自分を受け容れられないとき、 出てきたのは、 社会や他人への怒りや自分の無力さへの怒り。 「どうすればいいんだ!」 そう怒っている間や思考に走っている間は、 みじめな自分を感じずに済みました。 それでも、みじめな自分を受け容れざるをえなくなったとき 空から星がバラバラと落ちてきて、すべてがオーケーになりました。 みじめな状況はありません。 みじめな自分がいるだけです。 多くの人は、その自分を感じることを避けようとします。 その自分を認めることは、とても怖いことかもしれません。 そのみじめな自分を愛せるようになったとき 現実で起こるその状況は溶けてなくなります。 まるでクラックがひとつ消えて透明になるように…。 自分に耳を傾け、受け容れる。…
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